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バレンティンが聖域へ―。55本塁打はついに破られるのか

8月に月間本塁打の日本記録を更新し、王氏の持つ年間55本塁打のシーズンレコードを塗り替えようとしているヤクルト・バレンティン。バース、ローズ、カブレラが挑んで超えられなかった“聖域”は、ついに破られるのか?

東京ヤクルト神宮

“王超え”に対する意義と妨害行為

 9月に入り、残り40試合をきったペナントレース。ヤクルトのバレンティンが本塁打52本(9月6日現在)をマークし、王貞治氏が1964年に記録した日本レコードのシーズン55本を約50年の時を経て塗り替えようとしている。

「世界の王」の記録が破られそうになると、試合数や打数が当時と現代とで異なることを理由に異議を唱える者が決まって出てくる。過去と現在の記録を比較不能とすることで、王氏の記録を超える選手はいないということを言いたいのだろうが、今回はやや分が悪いようだ。というのも、王氏は472打数で55本塁打、対するバレンティンは351打数で52本塁打。文句のつけようのないほど、ヤクルトの助っ人が打ちまくっているのだ。

 “王超え”に対する異議と同時に高い確率で出現するのが、記録の「妨害行為」である。55本が塗り替えられそうになったのは過去に3度。王氏の偉業を脅かしたのは1985年の阪神・バース(54本)、2001年の近鉄・ローズ、2002年の西武・カブレラ(ともに55本)の3選手だった。

 バースはシーズン54本塁打を放ち、残り2試合で1本打てば、記録に並ぶはずだった。しかし、2試合ともに巨人戦。9度打席に立ったが、うち6打席が四球とまったく勝負してもらえなかった。敬遠の球を意地でヒットにした打席もあったが、55本目は遠かった。そして当時、巨人の指揮を執っていたのは皮肉にも王氏だった。

 続くローズも似たような状況に追い込まれた。ローズの場合はシーズン55本塁打に並び、ついに記録を塗り替えるかに思われたが、その後に逆風が吹き荒れた。残りあと3試合となった2001年9月30日のこと。ダイエー(当時)との対戦で相手バッテリーにボール球攻めにあい、打てる球がほとんど来なかった。そして当時のダイエーを率いたのは偶然にも、またもや王氏だった。

 当時、王氏はバッテリーやコーチに対してボール球攻めの指示は出していなかったという。だが、実は若菜バッテリーコーチが先発投手に四球攻めを指示していたようだ。4打席での18球のうちストライクゾーンを通過したのは2球だけ。結果、ローズは2四球に終わった。若菜コーチは後に指示したこと認め、王監督の記録を残したかったと素直な心境を吐露。試合後、「記録をそのままにしたかったんだろう」と怒りを露わにしたローズは結局、残り2試合もホームランを放つことはできなかった。

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