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投手から野手転向 開花した糸井、雄平の才能に続くのは誰

あと2~3年後、もしかしたら、彼らのように開花する可能性のある選手が今年、現れた。

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今年、非凡な打撃センスが花開いた雄平

 最下位に終わったヤクルトスワローズ。来季は真中打撃コーチが監督に就任し、再スタートをきる。日本人右打者シーズン最多安打記録を樹立した山田哲人内野手(22)に隠れながら、打者転向5年目で初の規定打席に到達した雄平(本名・高井雄平)が打率3割1分6厘、本塁打は23本と飛躍。非凡な打撃センスが30歳の今年、スポットライトを浴びた。

 高校時代の高井雄平はすごかった。東北高校(宮城)でダルビッシュ有の2学年先輩。3年時の注目は他の誰よりも高井に集まっていた。上背はないが、150キロ台のストレートに、低めのスライダーのキレ味の良さ。打っても高校通算36本塁打と非凡だった。打撃練習では頻繁に外野席に球を運んでいた。投打でプロのスカウトの注目の的となり、メジャーのスカウトも当時は試合を観戦していた。甲子園には3年春に出場し、大会NO1左腕と言われたが、野間口貴彦(現巨人)を擁する関西創価に敗れている。

 2003年にドラフト1位でヤクルトに入団。1年目にプロ初勝利を挙げるなど30試合で5勝6敗だった。5回10奪三振を記録した試合もある一方で、シーズン12暴投という数字が示すようにコントロールに難があった。ただ思い切りの良さやボールの速さ、強さがあり、将来の活躍が期待されていた。

 しかし、コントロールは改善されず、以後、1年目の5勝を超えることはなかった。1、2軍を行き来する投手から、声がかからない存在になっていった。制球難を克服しようとしたフォームがはまらず、負のスパイラルに陥った。投げ方がわからなくなってしまったと漏らすこともあった。まじめで練習熱心、素材のある選手だったが、次第に「高井雄平」の名前は聞かれなくなっていった。

 転機は2009年。シーズンオフに野手に転向をフロントに打診された。144試合18勝19敗1セーブという数字を残して投手としてのキャリアを終え、バットマンとして生きる道を模索し始めた。

 転向後も持ち前のフルスイングはそのままで力強い打球を飛ばしていた。2010、2011年は出場がなかったが、2012年に頭角を現すと、入団12年目の今年、大ブレーク。投手で10勝以上し、20本塁打を記録したのは川上哲治(巨人)、西沢道夫(中日)、藤村富美男(阪神)以来4人目の快挙。2軍監督時代から見守っていた小川監督ら首脳陣の助言もあり、大きく飛躍した。来年は自身の目標でもある3割、30本をマークしてタイトル獲得、さらに山田と打線を引っ張り、優勝争いをしてもらいたいものだ。

 最近の野手転向の成功例はオリックスの糸井嘉男外野手(33)。元々、糸井は近畿大学でエースだった。自由獲得枠で2003年に日本ハムに入団。長身から投げ下ろす150キロの速球は魅力的だった。しかし、糸井もコントロールに苦しみ、2006年シーズン途中に非凡な打撃センスと脚力、肩を見込まれて、外野手に転向。2軍で経験を積み、2008年にプロ初本塁打。2009年から1軍に定着し、ベストナインの常連で今季は首位打者を獲得。今では球界トップクラスの選手になった。

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