諦めかけたドラフトで1位指名 プロのスカウトが見抜いた松本裕樹のポテンシャル

「指名されないんじゃないかとも思った時期もあった」

 盛岡大付属高(岩手)の松本裕樹投手が、ソフトバンクからドラフト1位で指名された。本人も学校関係者も、夏に痛めた右肘の影響もあり、指名されないことを想定して、社会人野球チームへの就職もほぼ固めていた。しかし、運命の日、松本は1位指名を受けた。

 全国の注目を集めた今年の夏の甲子園では本来の調子を発揮できなかった。2戦目となった3回戦の敦賀気比戦で10安打、9失点で敗戦。盛岡大付属高の関口清治監督が「松本がここまで打ち込まれて負けた試合は見たことがない」というほど珍しい光景だった。

 150キロ右腕、打っても高校通算54本塁打という前評判からはほど遠いパフォーマンス。しかし、ずっと見続けてきたプロのスカウトは「この夏の甲子園ではこれまでと違った松本を見られた」と高く評価していた。学校側には12球団から「調査書」が届いた。つまりプロ野球の全球団から、だ。スカウト会議では1位指名を考える球団もいくつかあった。

 一方、松本自身は「甲子園で最後、怪我してしまったので指名されないんじゃないかとも思った時期もありました」と話す。夏の大会が終わってからはほぼボールを投げていない。「できるだけ投げないようにしています。早く治すためにはその方がいい、と医者の方と相談しています」。プロを目指す者としては焦りや不安もあっただろう。しかし、松本はどこか肝っ玉がすわっていた。

「指名されなくても、社会人で野球をできる道があるので。そちらでもいいかなとも思ってます。焦りも出てくると思いますけど、肘が治っていなかったら仕方がないので」

 そう話す松本は、高校3年生とは思えないほど落ち着き払っていた。その冷静沈着な雰囲気の下地にはハートの強さがある。関口監督が言う。

「松本は静かなタイプでミーティングでも落ち着いた様子で話を聞いています。選手だけのミーティングがあった時に『練習がきつい』などと言ったチームメートの考え、姿勢に納得がいかないことがあったようで、そこで一言。『だったら、辞めちゃえよ』って松本が静かに言ったらしいです」

 物静かな男が言い放った痛烈な一言。その部員はその後、態度を改めて、練習に打ち込んだという。松本はその時のことを振り返る。

「自分とは違う感覚なんだなと思いました。(考えが)甘いというか、そういう話を聞いて、だんだんむかついてきてしまいました。それくらい(練習を)やると理解した上でここへ練習に来ているはずなのに、『だったら、来なきゃいい』と思ったんです。周りから見たらきついのかもしれないですが、中学校の時からずっと練習をしてきた自分的にとっては、(高校の)練習量は当然の量と思っています」。周囲に惑わされず、黙々と練習をする芯の強い男だった。

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