森友哉らを育てる“文化”とは? なぜ西武に日本人強打者が育つのか

西武に“文化”を根付かせた土井正博氏の存在

 西武は80年代後半から90年代前半にかけて黄金時代を築いた。特にその後半は、秋山、清原、デストラーデの3人がクリーンアップに並び、強烈な打線を構成。投手力や守備力も高く、必要とあればクリーンアップでも進塁打を厭わない、完成された大人のチームだった。

 そして、黄金時代に終わりを告げた西武は、若手を積極的に起用するようになっていく。そのときに台頭してきたのが、松井稼頭央であり、中島裕之だった。そして、この黄金時代から現在にまで至る流れの中で、一人大きな役割を担っていたのが、土井正博氏だ。

 1981年限りで現役を引退した土井氏は、1985年から西武の打撃コーチに就任。86年には高卒で入団した清原の指導に当たる。その後、1996年から1999年、2004年から2007年、2011年から2012年と、合計4度も西武でコーチの職に就いている。

 土井氏は現役通算で465本のホームランを放った強打者であり、その打撃指導には定評がある。野口氏はこう続ける。

「土井さんは本当に長い間、西武の首脳陣として仕事をされています。その文化が、間違いなく根付いていると思いますね。中村も当時の打撃コーチだった大久保さん(現・楽天監督)のことを恩師と言っていますが、大久保さん自体も土井さんに指導を受けています。

 西武は東尾さんが監督に就任してから、自由闊達なチームカラーに生まれ変わりました。自由なだけじゃダメですが、そこにしっかりした指導が行われている。松井、中島、中村、それぞれ彼らが持つ良い部分がどんどん伸びていったのは、そうした環境が大きかったと思います」

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