「古田さんはかなり先を行く監督だった」 元燕助っ人が成功できた4つの理由

家族と写真に収まる元ヤクルトのアダム・リグス氏【写真:本人提供】
家族と写真に収まる元ヤクルトのアダム・リグス氏【写真:本人提供】

元ヤクルト・リグスインタビュー後編

 ヤクルトで2005年から4年間、強打の内野手として活躍したアダム・リグスさんが、Full-Countのインタビューに応じた。本塁打を放った際にお笑い芸人・猫ひろしの1発ギャグ『ニャー』のものまねを繰り出すのが“お約束”で人気を集めたリグスさんが、日本での全てを明かした。インタビュー後編をお届けする。

「『ニャー』は、ヤクルトのチームメートたちが『ラミ(当時の同僚で現DeNA監督のアレックス・ラミレス外野手)みたいなパフォーマンスをした方がいい』と言うので、『何か僕に合うのを選んでくれ』と頼みました。確か、最終的にはポチ(城石憲之内野手=現日本ハム2軍内野守備コーチ)が選んでくれたんだと思います。初披露は千葉マリンスタジアムでのロッテとの交流戦だったと思います。チームメート全員爆笑。あれは楽しかった」と振り返るリグスさん。

「神宮球場で猫ひろしさんに会えた時には、『ニャー』をやってよかったと思いました。彼はとてもおもしろくて、一緒にいる間ずっと笑わせてくれました」と続けた。

 2005年は若松勉監督、06年と07年は古田敦也プレーイングマネジャー、08年は高田繁監督に仕えた。「若松監督の下でプレーするのも好きでしたが、1番好きな監督は間違いなく古田さんです。とてもよく面倒を見てくれて、私にとって本当に特別な存在です。私を単なる1選手でなく、1人の人間として気にかけてくれました。彼はとても頭が良いので、どんな道に進んだとしても成功したと思います」と絶賛する。

2006年は“バントをしない2番打者”としてチーム最多の39本塁打を量産

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