ノーノー達成後の“ひと言”に感じた井川慶の凄み…女房役が語る16年前の快挙秘話

井川がポツリ…「そういえばランナー1人も出してないですね。まだ1本も打たれてないですね」

 6回か7回が終わったあたりだったと、野口氏は記憶している。飄々とした表情の井川が、ふと言った。「そういえばランナー1人も出してないですね。まだ1本も打たれてないですね」。その一言に、面食らった。「こいつはすごい。こういう状況なのに、冷静に見ているんだなと」。誰よりも地に足がついている姿が、何とも頼もしかった。

 局面が変わったのは8回。先頭の新井貴浩にフルカウントから直球を打ち返され、一塁手の関本賢太郎が打球を弾いた。「ヒットかな」と思った野口氏は、固唾を飲んで電光掲示板を見つめる。記録はエラー。「ランプが『E』ってついたので、すごくほっとした部分はあった」。マウンドの井川に、違いは特に感じられない。そこで代打が告げられ、打席には前田智徳。「一番怖いバッター」と警戒していたが、置かれた状況は悪くなかった。1死一塁。初球に要求した内角への際どい直球が逸れて死球に。「結果的に逃げることに成功しましたね」。そう野口氏は当時を振り返る。2死一、三塁までピンチは広がったが、快音は許さなかった。

 最終回もすんなり終わらない。先頭の代打・木村一喜に四球を与え、不穏な空気が漂う。試合は、7回に奪った虎の子の1点を守りきる展開。被安打ゼロは続いていたが「ものすごくいい試合だったので、まずはこの試合を勝ちたいというのが第一だった」と野口氏は思っていたという。その後、2死までこぎつけ、最後の打者は嶋重宣。首位打者を快走し、当時のセ・リーグシーズン最多安打記録まで5本と迫っていた「赤ゴジラ」を迎えた。

「そろそろ(安打が)出るころかなというくらいに思っていました」。野口氏には嫌な予感もあったが、18.44メートル先から伝わってくるのは痛いほどの気迫。「ものすごい顔をして、とんでもない力感で投げてくる。最後の力を振り絞って立ち向かってくれた」。渾身の直球で左飛に仕留め、マウンドにできた祝福の輪。ナインに担ぎ上げられる井川の頭を、飛び跳ねてポンポンとたたいた野口氏は「終わったーよかったーと、いろんな意味で力が抜けました」と安堵感に満たされたという。

 その余韻に浸ったまま、宿舎へ。クールダウンでフィットネスバイクを漕いでいた井川に話しかけに行くと、さらりと言われた。

「きょうも野口さんのサインに、首を1回も振りませんでしたよね」

 その言葉こそが、快挙を成し遂げた“らしさ”だと思ったという。威力抜群の直球をはじめ好投手なのは言うまでもないが、魅力はそれだけじゃない。「キャッチャーが出すサインの意図をしっかり考えてくれて、力の強弱をつけながらバッターを牛耳ってしまうピッチャー」。8歳下の左腕に、あらためて恐れ入った。野口氏自身にとっても、ノーノーは大きかった。「周囲の目を引きつけることはできた。いいアピールにはなったのかなと」。マスク越しに焼き付けた鮮やかな記憶は、いつまでも色褪せることはない。

【動画】完全試合ペース!その時ベンチは!? 野口寿浩氏が振り返る井川慶とのノーヒットノーラン秘話

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