涙の抱擁、“相棒”が演出した出番「幸せなプロ野球人生」 現役最後に34歳が見た光景

オリックス・小田裕也(左)と西野真弘【写真:北野正樹】
オリックス・小田裕也(左)と西野真弘【写真:北野正樹】

現役引退のオリックス・小田裕也「僕のMAXは西野の代走」

 振り回すはずのタオルで、目頭を押さえた。最後の勇姿を悟ったスタンドのファンも、わんわん泣いている。今季限りでの引退を表明しているオリックス・小田裕也外野手が颯爽とグラウンドに駆け出し、三塁ベース付近で同期入団の西野真弘内野手と強く抱き合った。一瞬の静寂から鳴り止まない拍手が、その全てを物語っていた。

「抱き合った時に『本当にこれで終わりなんだ』と思いましたね。代走で行くのは決まっていました。西野にも伝えられていた。だから、打った瞬間にグッときて……。最後、(三塁へ)向かった時は前が見えませんでした」

 11月で35歳を迎えるプリンスは、爽やかな笑顔で“終幕”を迎えた。6回2死。2014年ドラフトで同期入団の西野が中越え三塁打を放ち、一塁側ベンチを飛び出した。打球が中堅手の頭上を越えた瞬間は「出番が来た、行かないと!」と感じたが、三塁に到達した西野の姿を見て「ありがとう……」に気持ちが変わった。10年間、苦楽を共にした“相棒”が用意してくれた演出に、涙が堪えきれなかった。

 全速力で三塁に到達した西野は、呼吸を整えると同時に安堵の表情を浮かべていた。「打球が抜けた瞬間にホッとしました。出塁したら代走だと聞いていたので。絶対、どんな形でもいいから塁に出たいと思っていました。小田さんの代走から試合に出る姿も、ファンの方は見たかっただろうし、そういう場面を作れたのはよかったですね」。ベンチに戻って腰を下ろすと、リストバンドが濡れていた。

「あの場面は思わず抱きしめていました。自然な流れで。小田さんの表情は最初、普通な感じでした。でも多分……。僕が耐え切れてなくて。小田さんがベンチから出てくる姿を見た瞬間に、グッときていました。それが伝わっちゃったのかなと。本当に最後だったから。運じゃないですけど、巡り合わせでね。野球の神様がそうしてくれたんじゃないかなと思いますね」

公式記録でも「E」のつかない“落球”に「ありがとう」

 同期愛の絆を深める感涙ドラマには、続きがある。小田は8回無死一塁で現役最終打席に立つと、3球目を高く打ち上げた。ふらふらと上がった飛球を西武の捕手・古賀が捕球できずファウルになり「彼の成績や評価につながるかもしれないのに、ありがたいなと。打席に入る時、彼は『お疲れ様でした。ありがとうございました』と言ってくれました」と公式記録でも「E」のつかない“落球”に頭を下げた。

「上がった瞬間は『あっ』となりましたよ。でも、これはこれでいいのかなと、その途中では思っていました。僕のMAXは西野の代走だったので」

 後悔はなかった。「だから、その後の打席にも楽しく入れました。本当にたくさんのファンが来てくれていた。貴重な光景。この世界で10年やったんだなぁと、目に焼き付けました。Tさんの1打席目で泣きそうになって……。ラオウの本塁打で込み上げるものがありました。安達さんと2人で『昇天しましょう』ってね。楽しいラストゲームでした。本当に楽しく終われてよかったです」。充実の表情で、背番号50に別れを告げた。

 中嶋監督から急遽“サプライズ指名”されたセレモニーでは「監督やコーチに恵まれ、チームメイトに恵まれ、ライバルたちにも恵まれ、そして、僕の大好きな西野に出会えて……。本当に幸せなプロ野球人生でした」と感謝の言葉を伝えた。

“返事”を送る声は震えていた。「オリックス・バファローズとしての小田裕也さんは今日で終わったのかもしれませんけど……。今後ともね。今まで以上の関係でいられたらなと思います。これからもよろしくお願いしますという気持ちです」。私服に着替えた相棒へ、はなむけの言葉を贈った。

(真柴健 / Ken Mashiba)

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