19勝でも逃したタイトル「きついですよ」 MVP“以外”新人が総なめ…惜しんだ「1」

中日時代の野口茂樹氏【写真提供:産経新聞社】
中日時代の野口茂樹氏【写真提供:産経新聞社】

元中日・野口茂樹氏、1999年は19勝7敗、防御率2.65でリーグV貢献

 1999年のセ・リーグは星野仙一監督率いる中日が制した。MVPに輝いたのは19勝7敗、防御率2.65の成績でリーグ優勝に大貢献した野口茂樹氏だ。6月26日の横浜戦(ナゴヤドーム)から8月21日の広島戦(同)まで9試合連続勝利投手、7、9月に月間MVPを受賞するなど、その活躍は目覚ましかった。だが、この年はスタートから万全だったわけではない。「4月はやばかったです」。実は癖問題に悩まされていたという。

 野口氏の現役時代の大きな勲章が1999年のセ・リーグMVP受賞だ。中日投手陣の大黒柱として19勝をマークし、チームを優勝に導いた。「でも、1999年はスタートから大変だったんですよ。4月はホント、やばかったんです。11連勝も僕が止めたんでね。そういう流れを止めたピッチャーがMVPを取ったんですよ」と笑いながら話した。

 実際、4月は苦しい投球が目立った。開幕2戦目(4月3日、広島戦、ナゴヤドーム)に先発し、7回1失点で勝利投手になったが、4月の勝ち星はその1勝だけ。4月17日の巨人戦(東京ドーム)では先発して5回2/3、5失点でKOされ、敗戦投手。開幕から快進撃のチームの連勝を11でストップさせた。4月24日の広島戦(広島)では5回9失点と打ち込まれた。この不調スタートの原因になったのが癖問題だ。

「癖がバレていると言われて、けっこう野球どころじゃなかった。グローブへの入り方が真っすぐの時はこう動く、変化球の時はこうとか、そういうのがバレているとかで……。(前年14勝9敗、防御率2.34と)やっぱり結果を出したら、研究されますからね。それで何か集中できなかった。そこら辺もあって、スタートはよくなかったんです」。ただし、そのままズルズルとはいかなかった。5月から立ち直った。

 5月2日の巨人戦(ナゴヤドーム)で7回1/3、2失点で2勝目を挙げると、5月9日の広島戦(広島)は7回1失点で3勝目。5月15日の阪神戦(甲子園)は5回3失点で4勝目と自身3連勝でよみがえった。「癖に関していろいろやったけど、もういいかと思って投げたんです。開き直った感じでね。癖のことは考えずに投げる方に集中したら勝てた。勝ちだしたら、そのまま通じた。そんなふうにやったら癖もとれたんじゃないですかねぇ……」。

 不思議なものだ。あれほど気にしていた癖を全く考えずに投げ出したら、前年の調子に戻った。本来の投球リズムを取り戻し、一転して勝ち星量産態勢に突入した。7月は4勝0敗、防御率1.34で月間MVPを受賞。6月26日の横浜戦(横浜)からは自身の連勝街道をばく進した。まさに4月の不振はどこへやらだ。前半終了時点で2桁10勝に到達。2度目のオールスター出場も果たし、第3戦(7月27日、倉敷)に先発して2回無失点と、ここでも安定感を見せた。

夏場に無双9連勝、7月と9月に月間MVP…「ビールかけは最高でした」

「(6月26日横浜戦から)夏場に9連勝したんですよね。ちょうど大事なところで勝てたのはよかったんですけど、優勝した年のピッチングって、神宮で優勝が決まる前の先発(9月28日、ヤクルト戦)で完封したことくらいしか覚えていないんです。普通もっと覚えていますよね。それくらい、最初にバタバタしていたのかなぁって思いますけどね」。とはいえ9月も4勝1敗、防御率1.67で月間MVP。5月以降はエースとして大活躍だったのは間違いない。

 9月30日のヤクルト戦(神宮)に5-4で勝利して中日の11年ぶりのリーグ優勝が決定。恩師である星野監督を胴上げした。「その試合はベンチ入りしていなかったけど、裏にいてアップシューズでスタンバイしていました。祝勝会も楽しかったですねぇ。ビールかけは最高でした。あれは一生の思い出ですね。監督にもかけることができましたしね」と野口氏は顔をほころばせた。闘将には感謝しきれないという。

「ホントに自分は星野さんに育てられたというか、期待されて、怒られもしたけど、チャンスは人一倍もらったと思っているんでね。星野さんの場合、何が悪いかが一発でわかるんで軌道修正もしやすかった。胴上げできて、ビールかけもできて本当によかったです」。そんな中、悔いがあるとすれば20勝にあと1勝、届かなかったこと。シーズン最終の10月10日のヤクルト戦(神宮)に先発し、好投したが、打線の援護にも恵まれず、9回0-1でサヨナラ負けで終わった。

 野口氏はセ・リーグMVPに選出されたが、タイトルはそれだけ。20勝をマークした巨人のルーキー・上原浩治投手に最多勝、最優秀防御率、沢村賞、ベストナイン。ゴールデン・グラブ賞などを持っていかれた。「それは優勝できたからいいですよ。ただ、19勝して最多勝を取れなかったのはきついですよね。僕は最優秀防御率を2回(1998年と2001年)取らせてもらいましたけど、そう考えると最多勝には縁がなかったですね」。

 日本シリーズはダイエーに1勝4敗。野口氏は第1戦と第5戦に先発したが、いずれも敗戦投手となった。思い出の1999年は癖に悩んだシーズン最初と、最後の日本シリーズに苦しんだ形。「日本シリーズは勝ちたかったですねぇ。(レギュラーシーズンで)19勝もしたから、1勝くらい置いとけばよかったです。でも欲は言えないです。シーズン通してそこそこ勝たせてもらっているので、ぜいたくは言えないですね」。そう言って笑った。

(山口真司 / Shinji Yamaguchi)

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