ドラ1入団→前半戦7勝も「丸裸にされた」 球宴中に巨人捕手から“呼び出し”「受けてやる」

阪神で活躍した上田二朗氏【写真:山口真司】
阪神で活躍した上田二朗氏【写真:山口真司】

阪神ドラ1の上田二朗氏は1年目に9勝も後半に失速…逃した新人王

 巨人の正捕手に丸裸にされた? 元阪神のアンダースロー右腕・上田二朗氏(野球評論家)はプロ1年目の1970年に27登板、9勝8敗、防御率3.00の成績を残した。2桁勝利に届かず、新人王もライバルの中日・谷沢健一外野手に譲ったが、悔やまれるのは前半に7勝をマークしながら、後半に白星が伸びなかったこと。「やはり相手に研究されたと思います」。1年目で出場したオールスターで思い当たる出来事もあったという。

 1970年、上田氏はプロ1年目のキャンプ、オープン戦を乗り切り、ドラフト1位の即戦力右腕として開幕ローテーション入りを果たした。プロ初登板は開幕4戦目の4月16日の中日戦(中日球場)。先発して7回1失点、2安打しか許さなかった。試合は延長12回1-1の引き分けだった。「(中日捕手の)木俣(達彦)さんにホームランを打たれました」。いきなり緊迫の試合展開だったが「見えていたのは谷沢だけでしたけどね」と口にした。

 中日のドラフト1位ルーキーで早大のスター選手だった谷沢は同い年の強打者。「東京六大学勢には絶対負けられない」と誓っていた東海大出身の上田氏にとっては最大のライバルとの位置づけだった。「私のプロ野球の第一スタートが谷沢のいる中日。それも何なんでしょうね。偶然なのかはわからない。(阪神監督の)村山さんが、わざわざ持ってきたわけではないだろうし、巡り合わせなんでしょうけどね」。

 その状況だけで気合が入った。初登板の緊張も吹き飛ばしたようだ。「プロ野球で戦う上での目標みたいな、戦うのはこいつやみたいな感じにもなった。谷沢がいるから中日には負けたくない。極端な話、よそに負けても中日には負けたくないというのもあったのかもしれません」。この試合、中日の「6番・左翼」で出場した谷沢を無安打に封じた。1三振も奪った。上々のプロデビュー戦だった。

 勢いにも乗った。上田氏は2登板目の4月23日の大洋戦(甲子園)では延長10回1失点完投でプロ初勝利をマークした。「16三振をとったんですよね」。4回に江尻亮外野手に先制アーチを浴びたが、その後は失点を許さなかった。阪神は7回にウィリー・カークランド外野手の中前適時打で同点とし、延長10回に後藤和昭内野手の右前適時打でサヨナラ勝ち。上田氏は9回までに15三振を奪っており、これは当時の新人最多記録だった。

 7登板目の5月23日は中日と2度目の対戦(中日球場)で、初の完封勝利。3勝目を挙げた。被安打3だったが、そのうち2安打は「3番・左翼」のライバル・谷沢に打たれた。「彼には絶対逃げずに勝負にいっていましたからね。その分、よう打たれましたよ」。上田氏にとっては、そういう結果も含めて、いつまでも忘れられない打者で、絶えず意識した対戦相手だった。

球宴で巨人の捕手・森に「上田来い、俺が受けてやる」

 上田氏は前半戦で7勝をマーク。監督推薦でオールスターゲーム出場を果たした。7月18日の第1戦(神宮)に4番手で登板して2回4失点と打たれたが、7月21日の第3戦(広島)には5番手で3回を投げて打者9人無安打3奪三振のパーフェクトリリーフと好結果も残した。「広島市民球場でしたよね。優秀投手でズボンプレッサーをもらいました。それは覚えていますよ」と微笑んだ。

「あの時は第1戦に4失点して(セ・リーグコーチで阪神監督の)村山(実)さんが、(セ監督で巨人監督の)川上(哲治)さんに『もう1試合、投げさせてやってください』と頼んでくれた。それで第3戦も投げたんです」。見事な第1戦の“リベンジ”だったが、この球宴では他にも印象に残ることがあったという。「(巨人捕手の)森(昌彦)さんが、ブルペンで盛んに『上田来い、上田来い、俺が受けてやる』と言ってくれて、投げたんですけど、あれで……」。

 上田氏は苦笑しながら「私の誤解かもしれないですけど、けっこうあの時に丸裸にされたんじゃないかと思ったんですよね」と言う。前半に7勝をマークしながら、後半は10月に挙げた2勝だけに終わり、最終的には9勝。他球団から研究されたのが大きかったそうで、その中で思い当たったのが球宴中の森の動き。球の軌道などをチェックされていたのではないかと考えた。

 後半戦の上田氏の巨人戦登板は1試合だけだったが、疑心暗鬼になったことで自身の投球リズムも微妙に狂っていたのかもしれない。「そういうところも、さすが巨人やなぁと思います」と言うほどだ。

 そんな1年目で悔しさが募ったのは、新人王を打率.251、11本塁打、45打点の谷沢に持っていかれたことだ。「私が10勝していたらどうだったでしょうか。11勝だったら、私だったと思うんですけどね」。

 後半戦に白星を伸ばせなかったのは手痛かった。「打たれた試合もあったけど、勝てる試合も何回かあったと思うんでね。(新人王を)取れるチャンスがあっただけにねぇ……」と上田氏は話す。「まぁ、次点だったから、よう頑張ったってこと。だけど、そこまで頑張ったら取れよって感じですよね」と、笑いながら55年前を振り返った。

(山口真司 / Shinji Yamaguchi)

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