「サイドに挑戦したから今がある」 上手投げに戻して進化…小野泰己が前監督に示す感謝

オリックス・小野泰己【写真:小林靖】
オリックス・小野泰己【写真:小林靖】

サイドスロー挑戦で幅広げた小野泰己「どこからでも投げられる」

 人間万事塞翁が馬――オリックスの小野泰己投手が、中島聡監督(当時)のアドバイスで取り組んだサイドスローをきっかけに新境地を開いた。「サイドに挑戦したから今があると思っています。中嶋さんに感謝ですね」と前指揮官へ謝意を表した。

 2022年オフに阪神を自由契約となり、育成選手としてオリックス入り。1年目の4月に支配下登録されたが、1軍で結果を出せず、2軍に降格する直前の7月末に中嶋監督から「ちょっと腕を下げてみては」と声をかけられた。

 プロ7年目でのフォーム変更だったが、小野に迷いはなかった。「生き残るためには何かを変えなくてはいけない」と、翌日には2軍のブルペンでサイドスローに挑戦。中嶋監督の助言から2日後に登板したウエスタン・リーグのマウンドには横手から投げる小野がいた。

「一度戦力外になっているので、そこからは楽しむという意識でいます。辛い経験をしたので、それなら楽しく深く考えずにやろうかなと」。阪神時代に課題とされた制球難も、オリックスでは「四球を気にせず、どんどん攻めていけばいい」という現1軍監督で、当時の岸田護・2軍投手コーチら首脳陣の指導で改善されつつあった。

 しかし、シーズン終了後の社会人との練習試合で脇腹を痛め、2024年は再び育成でスタートすることに。それでも目標を失うことなく腕を振り、昨年途中からは「一番投げやすいところで投げよう」と、再びオーバースローに戻すと、球速は159㌔をマーク。オフに派遣された豪州ウインター・リーグでは主に抑えとして登板し、8試合連続の無失点。最終登板で3失点し、自責点「0」は達成できなかったが、登板9試合の10回2/3で18奪三振、防御率2.53の好成績だった。

 5月で31歳を迎える。サイドスロー挑戦は遠回りだったような気もするが、「それまでは上からしか投げていませんでしたから、今はどこからでも投げられるという感じです。試合中でも調子が良くないなと思ったら、ちょっと腕を下げてみたり、投げやすいように修正していますよ」と屈託のない笑顔で語る。ピンチで取り組んだサイドスローが変幻自在のフォームを生み、紆余曲折の野球人生を支えている。

○北野正樹(きたの・まさき)大阪府生まれ。読売新聞大阪本社を経て、2020年12月からフリーランス。プロ野球・南海、阪急、巨人、阪神のほか、アマチュア野球やバレーボールなどを担当。1989年シーズンから発足したオリックスの担当記者1期生。関西運動記者クラブ会友。2023年12月からFull-Count編集部の「オリックス取材班」へ。

(北野正樹 / Masaki Kitano)

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