突如起きた体の異変…打席直前に止まらぬしびれ 元広島野手が陥った“極限状態”

広島などの4球団でプレーした長嶋清幸氏【写真:山口真司】
広島などの4球団でプレーした長嶋清幸氏【写真:山口真司】

元広島・長嶋清幸氏、1986年にリーグV決める初回満塁弾

 広島、中日、ロッテ、阪神の4球団でプレーした長嶋清幸氏は現役生活の中でプロ7年目の一打が忘れられないという。1986年10月12日のヤクルト戦(神宮)。広島がリーグ優勝を決めた日に放った初回の先制満塁弾だ。「自分の中ではあれが一番と思う」。大事な試合での大チャンスで見事に結果を出した一発だったが、実は打席に入る前、体に異常が発生していた。初めての“しびれる経験”。「こんなんで打てるわけがないって思っていた」と当時の舞台裏を明かした。

 1986年の長嶋氏は4月4日の中日との開幕戦(広島)に「6番・中堅」でスタメン出場。4回に中日・郭源治投手から先制3ランを放つなど2安打3打点の働きで、この年から指揮を執った阿南準郎監督の初勝利に貢献した。ここぞの場面での勝負強さは相変わらずで、存在感を示し続けた。チームも好調だった。終盤は巨人とのマッチレースになったが、シーズン129試合目(130試合制)の10月12日に2年ぶり5度目のリーグ優勝を決めた。

 その試合でも2安打6打点と大活躍したのが「5番・中堅」の長嶋氏だ。初回1死満塁での第1打席で右翼席へ先制グランドスラムをブチかました。マジック1で迎えたカープにとって大きな一撃だった。1980年から1997年まで18年の現役生活で、多くの価値ある一打を放った勝負師だが「あれが自分の中では一番かなと思う」。より印象深いのは、あの場面、直前の4番・山本浩二外野手の打席時にウエイティングサークルで自身の体の異変を感じたからだという。

「だって俺、初めてだもん。手がしびれたの。山本浩二さんが2ボール、ノーストライクになって、これは絶対俺と勝負だと思った瞬間に、脇から何かがね、ホント、レーザーが出てきたように、うううう、ボボボボって(両手が)しびれた感じになった。バットを握っても握っている感覚がなかった。マスコットバットに輪っかの重りをつけて、手で振れないから、脇をくっつけて体を動かして回した。それでも、もう全然感覚がなかった」

 山本浩二は四球で1死満塁。長嶋氏はそんな状態で大チャンスの打席に入った。相手はヤクルト先発・尾花高夫投手。「もうええわって開き直った。こんなんで打てるわけがないってね。こんな感じで長いこといるのも嫌だから初球を絶対振ったろうと思った。クソボールだろうが、何だろうが、絶対振ったろうってね。そしたらインスラが来た。振ろうと思って打ちに行ったんだけど“ボールだ”と思ったらピタッと止まった。その瞬間に脇からポーンとしびれが取れたんです」。

日本シリーズは引き分け→3連勝→4連敗

 何がどうなったのか、今でもよくわからないそうだが「それで元に戻っちゃった。あれ? 何だったん、みたいな感じでね」という。「で、もう満塁だからどっちにしたって勝負しかない。次の球は外のアウトハイにボールでツーボール。なんか楽勝に自分のタイミングがとれていたんだよね。打てのサインも出ているし、真ん中に真っすぐが来たら、いただきますだなって思っていたら、ホントに来て、パカリと……」。それが値千金の満塁弾になった。

 ただし、その年の西武との日本シリーズは悔しい結果に終わった。第1戦(10月18日、広島)は延長14回2-2の引き分け。広島は第2戦から第4戦まで3連勝して王手をかけたものの、第5戦からまさかの4連敗で日本一を逃した。第8戦(10月27日、広島)は2-0の6回に西武・秋山幸二内野手に同点2ラン&バック宙ホームインを決められて試合の流れが変わり、8回に勝ち越されての2-3での敗戦だった。

 秋山の一発の際、中堅を守っていた長嶋氏は左中間フェンスによじ登って、ホームランキャッチを試みたが、惜しくも捕れなかった。9回裏は遊ゴロに倒れて、最後のバッターにもなった。負けたくなかった。ミスター赤へル・山本浩二が、このシリーズ限りで現役を引退。入団以来、お世話になった大先輩だけに日本一で送り出したかった。申し訳ない気持ちでいっぱいだった。あの129試合目の満塁弾は、そんな無念の思いとともに覚えていることでもあるわけだ

「ホント、初めてだったからね。あんなふうになったのは……」。忘れられない1986・10・12の第1打席。あの時、ヤクルト・尾花が投じた内角高めのスライダーにバットが止まらなかったら、また状況も変わっていたことだろう。「たぶん当たっちゃうかで……」。手の感覚が全くないという極限状態を乗り越えた形で放った一撃だけに、なおさら、あのシーンは長嶋氏の脳裏に焼きついているようだ。

(山口真司 / Shinji Yamaguchi)

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