指揮官が椅子を蹴り激怒「何考えとるんじゃあ!」 阪神Vの裏で…脳裏に焼き付く“悲劇”

巨人戦で脱臼した阪神時代の濱中治【写真提供:産経新聞社】
巨人戦で脱臼した阪神時代の濱中治【写真提供:産経新聞社】

長嶋清幸氏、阪神コーチ時代の2003年に優勝

 2003年に阪神は18年ぶりのリーグ優勝を成し遂げた。愛知県犬山市の「元祖台湾カレー犬山店」のオーナー・長嶋清幸氏は当時、星野仙一監督の下で1軍守備走塁コーチを務めていたが「その年は思い出したくない思い出があるよね」とつぶやいた。開幕から4番打者を務め、打撃絶好調だった濱中おさむ外野手がシーズン途中の守備で右肩脱臼、右肩関節唇損傷で戦線離脱を余儀なくされたことだ。担当コーチとして監督室に呼ばれ、闘将に激怒されたという。

 星野阪神が歓喜の優勝を飾った2003年だが、長嶋氏の口からまず出てきたのは「あの年はやっぱり濱ちゃん(濱中)だろうなぁ」だった。最初のつまずきは5月20日の広島戦(甲子園)だった。2回表、先頭の4番・濱中は12球粘った末に四球を選んで出塁、5番・片岡篤史内野手は一邪飛、6番のジョージ・アリアス内野手は三振で2死となり、7番・矢野輝弘捕手が打席に入ったところで、濱中が佐々岡真司投手の牽制にひっかかってアウトとなった。

「俺らは常にゲームの中で起こるであろうことの準備を選手に伝えるわけ。あの時も牽制があるから気をつけろって言っていたんだけどね。まぁアウトになるだけだったら俺が怒られればいい話だったんだけど、肩も痛めちゃった。バッティングが(11本塁打を放つなど)絶好調だっただけにねぇ」。濱中は逆をつかれて手で帰塁した際に右肩を亜脱臼。本人の強い希望もあって2軍で調整せず、1軍で代打出場を続けながら、右肩のチェックをしていくことになった。

 長嶋氏が守備コーチとして毎日、濱中と相談しながらリハビリを進行させた。「とにかく一つの投げ方しか駄目。ちょっとでも体勢が崩れて投げたら肩が抜けちゃうという状況だった」。5月24日のヤクルト戦(松山)から9試合に代打で出場。6月7日の中日戦(福井)では代打で出て、怪我以来の右翼守備に就いた。そして6月13日の巨人戦(甲子園)に「4番・右翼」でスタメン復帰となった。

「星野監督には『濱中の肩の状態はだいぶよくなっていますが、一つ違う投げ方をしたら絶対外れちゃいます』という話もした。『じゃあ外れんようにせんかい』と言われたので『条件として濱中が守るとシングルヒットがツーベースになります。ツーベースがスリーベースになります。スリーベースがホームランになる可能性があります』と言った。その上で『しゃあないやろ、打ってもらうしかないやろ』となってスタメンが決まった」

広島など4球団でプレーした長嶋清幸氏【写真:山口真司】
広島など4球団でプレーした長嶋清幸氏【写真:山口真司】

ひたすら頭を下げ「すみません、すみません」

 それを受けて長嶋氏は濱中に「監督からも許可を得ている。とにかくどんな時でも正しい投げ方をしろ。慌てることはない。カットにだけ投げればいい」と伝えたという。しかし、そのスタメン復帰の巨人戦の6回に悪夢が起きた。巨人・阿部慎之助捕手の打球が右翼線を転々。フェンス付近で打球を処理した濱中は二塁手・今岡に返球したが、少し体勢を崩した投げ方になり、そのままうずくまった。右肩完全脱臼だった。これでレギュラーシーズンを棒に振ることになった。

 試合後、長嶋氏は監督室に呼ばれた。「行く前に(ヘッドコーチの)島野(育夫)さんから『マメ(長嶋氏の愛称)、お前、絶対言い返したらアカンぞ。すみませんって下向いとけよ』って言われた。で、コンコンとノックして監督室に入ったら、いきなり星野さんは椅子をブチ蹴りで『お前! 何、考えとるんじゃあ! 普通に投げさすと言うたんちゃうんかぁ! なんであんな投げ方をさせたんじゃあ!』って」。

 島野ヘッドに言われた通り、ひたすら頭を下げた。「俺もちゃんと言っていたんだけど、と思いながらも『すみません、すみません』しかなかった。まぁ、しばかれるのはそんなもん、俺はどうってことはないんだけど、こういうふうにコーチは生きていかなければいけないんだなぁって思ったね」。この件では岡田彰布1軍守備走塁コーチにも「お前、アカンやろ。濱中の先々はどうなるんや!」と怒られたという。

「実戦と練習の違い。俺もやっぱりそこまで把握できていなかった。そういう意味では俺の責任でもあるんだよね。濱中ってホントにええ子だったしねぇ」。真面目な性格の濱中の必死なプレー。そこまでの懸命なリハビリも知っていただけに長嶋氏にとってもつらいものになった。2003年、星野阪神の優勝はもちろん、うれしい思い出だ。でも、それより先に濱中の怪我が思い浮かんでしまう。「思い出したくない思い出だよね」と声のトーンを落とした。

(山口真司 / Shinji Yamaguchi)

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