阪神監督が「振るな」も…指示を無視 信じた直感、甲子園に起こった「奇跡」

元阪神・狩野恵輔氏、オフの成果で7年目は開幕1軍
劇的な一打だった。元阪神の狩野恵輔氏(野球評論家)は2007年4月20日の巨人戦(甲子園)、延長12回に代打でサヨナラ打を放った。これがプロ7年目にしての初安打。ナイン総出での祝福で、もみくちゃにされての歓喜のシーンになったが、実はこれ、阪神・岡田彰布監督の指示通りの結果ではなかったという。「奇跡のヒットです。打っちゃいけないんです。ホントは……」と当時の状況を明かした。
2007年、背番号を「63」から「99」に変えた狩野氏は1軍の沖縄・宜野座キャンプからスタートとなった。「あの時、(藤川)球児さんに『お前、だいぶやったな。足とかえげつないやん』と言われたんです。自分ではわかっていなかったんですけどね」。2006年オフは、金本知憲外野手が肉体強化したことで知られる広島にジムに通うなど、これまで以上に鍛錬を重ねた。その結果が体つきにも表れていた。
打撃練習には、オフの間に金本からアドバイスされた軸回転を意識して黙々と取り組んだ。「1軍で結果を出していない僕のバッティングなんて、言ってみれば誰も気にしてくれない。他の若手の方が飛ばすし、見栄えもいいんでね。でも逆にそれがよかったんです。自分で思っていたことをずっと、やれましたから」。日を追うごとに手応えをつかんでいったそうだ。「これかな、こういうことかなっていう感じでね」。
キャンプ、オープン戦を乗り切り、開幕1軍を勝ち取った。だが、レギュラーの矢野輝弘捕手が万全の状態で、控え捕手・狩野氏の出番はなかなか来なかった。「何にもしていなかった。代走さえもなかった。ベンチで応援しているだけでしたね」。そんな中、ようやく巡ってきたチャンスが劇的打を放った4月20日の巨人戦(甲子園)。3月30日にシーズンが開幕してから、18試合目のことだった。
1-1で延長戦に突入して、12回表に巨人が小坂誠内野手の適時打などで3点を勝ち越したが、その裏に阪神は1死から藤本敦士内野手、林威助外野手、鳥谷敬内野手、赤星憲広外野手の4連続安打で同点に追いついた。続くアンディ・シーツ内野手は右飛に倒れたが、金本中前打、今岡誠内野手敬遠で2死満塁。ここで狩野氏が代打で起用された。前年までに1軍出場を経験していたが、舞台は広島、横浜、大阪ドーム、神宮。1軍の甲子園では初打席だった。

岡田監督から「フォークは振るな」の助言も
「午後10時を過ぎていたし、12回表に3点を取られたときはお客さんも帰り始めていたんです。で、最後が僕ですからね。バッター・狩野といってもなんかざわざわしていた。誰? みたいな……。前のバッターの今岡さんは2死一、二塁から敬遠。あの時に(阪神野手で)残っていたのは僕とルーキー捕手の清水(誉)だけ。巨人もわかっているから満塁にしたんです。僕も“そりゃあそうだよな。今岡さんと勝負するわけないよな”って思っていましたけどね」
相手は巨人の右腕・豊田清投手だ。「(打席に)行く前に岡田さんから『フォークは振るな。真っすぐだけを狙って打て』って言われたんですけど、1球目フォークを空振りしたんです。真っすぐに見えたから振ったらフォークだったんです。これは無理。こんなのを見せられたら、真っすぐなんか打てないと思いました」。そして、こう考えたという。「岡田さんに反抗したわけじゃないんですけど、ふとキャッチャー的な感覚で、ここで真っすぐがくるか、と思ったんです」。
頭の中で駆け巡った。「次もフォークやな、でも真っすぐを打てと言われているよな、でもフォークやなっていう中途半端なタイミングで待ったんです。そしたら中途半端にホワッと入ってきたフォークだったので打てたんです。真っすぐには対応できないから、どっちかなぁという感じで、ちょうど引っかかってくれたみたいな」。それが「奇跡のヒット」という左翼線へのサヨナラ打になったのだ。
「カネ(金本)さんも矢野さんもムチャクチャ喜んでくれました。12回だったからピッチャーとかも全部ベンチに来てくれたんですよ。あれが一番祝福されたんじゃないかと思います」。巨人左翼の矢野謙次外野手が、狩野氏の初安打と知らずに、ボールをスタンドに投げ込んでしまったが、阪神・関本健太郎内野手と葛城育郎外野手がファンに「返してほしい」とお願い。記念のボールも手にできた。フォークを振ったことも岡田監督からは何も言われなかったそうだ。
狩野氏は翌4月21日にプロ初本塁打、さらに4月22日も2号を放ち、この巨人3連戦での華々しい活躍で一気に名が知られた。「“かのう”と覚えてもらえたというのは感じました。それまでは地方とかでよく“かりの”って呼ばれていたんです。“かりの、頑張れ”とかね。それが“かのう”になりました」。ようやく1軍で輝けた。「一番印象に残っているといったら、やっぱりあのサヨナラ打じゃないですかねぇ」と笑みを浮かべた。
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)