「どこに行くかわからない」プロ1年目の絶望 21歳で現役引退…イップス救済への使命

昨年12球団トライアウトで“復活”の150キロ
元ロッテで21歳の若さで現役引退し、現在、慶大の大学院に通う島孝明さんがイップス研究に取り組む原動力について語った。「ボールがどこに行くかわからない怖さ」を実体験した右腕は、同じ苦しみを抱える選手を一人でも多く救いたいと、科学的アプローチでの解決策を模索している。
千葉・東海大市原望洋では150キロ右腕として知られ、3年夏の千葉県大会では準々決勝で早川隆久投手(現・楽天)のいた木更津総合に0-1で惜敗。高校日本代表に選ばれる逸材で、2017年ドラフト3位でロッテに入団した。しかし、その後、島さんを襲ったのは、想像を絶する恐怖だった。
入団後の夏頃から突然、思うようにボールをコントロールできなくなった。
「練習で投げた球がどこに行くかわからないので、本当に怖かったです。自分の意思と実際の動きが全く合わない状況でした」
10メートル先の捕手にボールを投げることすらできなくなった。現在の研究を通じて、島さんはイップスの複雑さを理解している。
「心理的な部分だけではなく、技術的な部分もある。エラーやミスをきっかけに、普段意識していないことをずっと意識してしまって、全体的なバランスが崩れるパターンもあります」
自身も完璧主義的な性格が災いした。
「あれをしなきゃ、こうしなきゃという思考が、より自分を苦しめていました。フォームや動かし方ばかりに注意が向いて、本来自動的になされている動きが損なわれてしまったんです」
イップスを克服する一歩として考えたい意識
大学でスポーツ心理学を学ぶ中で、島さんは重要な発見をした。「どこに意識を向けるかが、パフォーマンスに大きく影響する」ということだった。
「自分の内側、例えば腕の動かし方ではなく、外側の目標物やボールの軌道に意識を向けることで、自動的な動きが作られる。フォームを意識的に動かそうとすると、かえって自然な動きができなくなってしまうんです」
この理論は、昨年参加した12球団合同トライアウトでも実践された。最速151キロを記録した背景には、こうした研究成果があった。
現在、島さんのもとには悩みを抱える選手から連絡が来ることもある。
「何人かの選手と話をしています。まだ劇的に改善したという選手はいませんが、少しずつ良くなっている選手もいます」
島さんの研究は、注意の向け方に加えて感覚の改善にも及ぶ。「イップスの人は物を投げている感覚がなくて、どこでボールを離しているのかわからない。大きいボールや重たいボールで練習することで、違った刺激を入れて新しく投げるという動作を学習していこうとしています」
来年3月の修士課程修了を控えた島さんは、将来への展望も語った。「アナリストとして貢献もできますし、イップスの研究をもう少し続けて、悩んでいる選手を一人でも多く救いたい」
自身が経験した「どこに行くかわからない」恐怖を、二度と他の選手に味わわせたくない。その強い使命感が、島さんを研究へと駆り立てている。かつてマウンドで絶望を味わった右腕は、今度は研究者として同じ苦しみを抱える選手たちの希望の光になろうとしている。
(楢崎豊 / Yutaka Narasaki)
