就活で大苦戦…刺さった「野球以外のスキルは?」 口にできない“元プロの肩書”

ヤクルト、楽天などでプレーした鎌田祐哉氏【写真:尾辻剛】
ヤクルト、楽天などでプレーした鎌田祐哉氏【写真:尾辻剛】

台湾最多勝右腕の鎌田祐哉氏、34歳で不動産業界に転身

 逆指名で入団したヤクルトと、トレードで加入した楽天でNPB通算11年間プレーした鎌田祐哉氏は2012年、台湾プロ野球の統一ライオンズでプレーした。台湾の日本人記録を更新する開幕11連勝をマーク。オールスターにも日本人選手初となるファン投票1位で選出された。空前の鎌田ブームを巻き起こし、最多勝などのタイトルを獲得。しかしオフに契約が更新されないまさかの事態となり引退を決意した。そこから就職活動を始め、不動産業界に転身。現在も都内でサラリーマン生活を送っている。

 1年でチームを去ることになったが、台湾での経験は鎌田氏の人生に彩りを与えてくれたという。「もちろん日本でも頑張りましたけど、ゼロからスタートして、悩み考え試行錯誤して過ごした台湾は、僕の野球人生の、というより人生の今を成している最も大きな濃い経験です」。挑戦前は思いもしなかった、かけがえのない財産である。

「国が違うので、習慣や感覚も違うし、野球スタイルも違う。そこに対していいなと思うこともあれば嫌だなということもありました。それを全部受け止めて馴染んでいくという意味で凄く勉強になりましたし、今にも生きていますね。他を受け入れるというか、以前よりも自分の考えをしっかり持ちながら受け入れて消化していくことができるようになったかなとは感じている部分です」

 サラリーマンとして生活していく上で役立っているそうだが、34歳で行った就職活動自体は苦戦したという。まずはOB訪問を繰り返してみたものの、34歳の“新人”にはどの会社も厳しい対応だった。「『野球以外でスキルはあるのか?』とか『34歳の新人が来ても若手がやりづらい』とか、求人サイトに登録しても全く駄目でした。分かってはいましたが、なかなか決まらなかったですね」。

 そんな中、選手時代に知り合ったマスコミ関係者がつないでくれたのが城北不動産。当初は関係者と「食事でも」という約束だったのが、急に会社に足を運んでの面接となった。「『真面目そうだし、ウチで働いてみないか?』って言っていただいて、就活も厳しい中でそういうご縁もあったので、少し考えましたが『お世話になります』って連絡させてもらいました」。新たな一歩を踏み出した。

 野球とは全く関係がない世界。「年下の先輩も多かったですし、何も分からないですし、戸惑いはありました。とにかく覚えなきゃいけないことが多い中で、もちろん成績も出さないといけないですし」。元プロ野球選手という肩書は武器にはならない。「不動産の知識がまだない段階で、お客さまに元プロだと伝わっても『凄いですね! でも不動産は知らないのかな』となってしまう。1人で最初から最後まで業務をこなせるようになってから、元プロだったんですって話ができるようになりました」。

 入社直後は帰宅が夜中になることも多かったという。特に顧客に不動産を案内することが多い土日の前はハードだった。「例えばお客さまの希望エリアに10件の戸建てがあるとすると、10件全ての家の特徴をチェックして、見せる順番やルートも考えてシミュレーションします。お客さまとの会話の中で、違うパターンも出てくることもあるので、慌てず対応できるように準備します」。根が真面目なだけに、入念に準備した。

「石川が200勝するなら、僕は違うところで大きな1勝を」

 ルートもカーナビを使用しなかった。「『不動産屋なのに道も分からないのか』って思われたら信頼されないと教わりました。地図で道を覚えてひたすら試走しているうちに夜中になることもありました」。それで終わりではない。顧客を乗せるために洗車してから帰宅。「また、そのルートを確認するために朝早く行って、最終チェックしてからお客さまを迎えに行く感じでした」と苦闘した日々を回顧した。

 2013年から始まったサラリーマン生活は13年目に突入。気が付けばプロ野球生活の12年間を超え、宅地建物取引士(宅建)の資格も取得した。会社は城北不動産から現在はグループ会社の「Glanz Ease(グランイーズ)」に所属。業務内容も変わってきている。

「城北不動産はお客さまに家を売る売買仲介です。今は用地を仕入れて、建物を建てて販売するという売主業です。情報を仕入れて、収支計画や企画を考え、提案をして買うかどうかを決めたりしています。日々、営業や業務でいろんなエリアに足を運んだり、区役所へ行って調査を行ったり、建物の間取りの提案や設備、色決めなども行います。現場の近隣の方への挨拶など、やることは多いですね」。忙しさは変わらず、カバーする業務の範囲や責任は増してきている。

 そんな多忙な中でも、選手時代同様にトレーニングは欠かさないそうだ。「あまり太りたくないというか、体を締めたいというのはあるんですが、筋トレをするとモチベーションが上がるので、また頑張ろうっていうマインドリセットですね。週1回ですけど続けています」。草野球で投手を務めることもある。「去年、軟式ですけど136キロ出ました。もう1回、今の自分の中で納得できるボールを投げたいなっていうのはあります。40代で140キロを投げたいなと」。184センチの鎌田氏は、そうやって現役時代とほとんど変わらない90キロ前後の体重をキープしている。

 プロ野球界から離れても「これからも球界とつながりを持っていきたい」という。1学年下の幼なじみであるヤクルト・石川雅規投手は45歳の今も現役を続け、4月9日の阪神戦(甲子園)で史上初となる24年連続勝利を達成。「『おめでとう』って伝えたら、すぐに返事が来ました。さすがいい後輩ですね。7歳から知っていますし、仲はいいですよ」。以前は感じた嫉妬も、今はすっかり消え去った。

「石川の活躍はとてもいい刺激になってます。負け惜しみかもしれないですけど、今は野球だけの人生じゃなくて良かったと感じています。僕はこれからさらにいろんなことを経験して、輝ければなと思っています。毎日がその準備段階です。石川が200勝するなら、僕は違うところで大きな1勝をつかみ取りたいですね」。頭の中にはやりたいことがいくつもあるようだ。挑戦していく時間は、まだまだ十分にある。

(尾辻剛 / Go Otsuji)

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