剛腕でも技巧派でもない「形容詞に困る投手」 最多勝3度、有原航平が築いた“矛盾”の投手像

有原航平インタビュー前編…「球が速めの技巧派」のピッチャー論
本格派か、技巧派か。どっちも当てはまるようで、どっちもしっくり来ない。今季14勝を挙げ、最多勝を2年連続獲得したソフトバンク・有原航平投手のことだ。プロ11年間で新人王、3度の最多勝、日米通算100勝、NPB12球団勝利などの実績を残した。ただ、派手さを嫌い、結果で語る右腕はメディアに考えや想いを明かすことが少ない。そんな中で今回、「Full-Count」のインタビューに応じ、自身のピッチング論を語った。(前後編の前編、取材・文=神原 英彰)
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有原航平とは形容詞に困る投手である。
190センチ、100キロの雄大な体格から、ピンチになると150キロ超のストレートを投げ、見る者を「積んでいるエンジンが違う」と言わしめる。だが、平時はカーブ、スライダーを織り交ぜ、器用にカウントを整える。
カットボール、ツーシームを左右の打者の懐に食い込ませ、ゴロを打たせていく。そして、追い込んだら左打者にチェンジアップ、右打者にフォークと縦の変化で空振りを誘う。6つの変化球を操り、直球の比率は2割ほど。
「本格派」と言うにしては球種が多彩だし、「技巧派」と言うにしては馬力が凄まじい。
本人に提案してみた。
「もし、有原航平をカテゴライズするなら“球が速めの技巧派”では?」と。
有原は笑って頷いた。
「確かに。剛腕でもないし、“球が速めの技巧派”ですかねえ……。僕はそっちの表現が好きですね」
フェラーリのエンジンを積んだコンパクトカー。その“矛盾”が独特の色をもたらし、日本球界で珍しいピッチャー像を築いた。
だからこそ、その美学を掘り下げると面白い。
投球スタイル、メンタル…有原の個性を表す「二面性」
ひとつ、有原の個性を表すキーワードを挙げるなら「二面性」だ。
生命線はツーシーム。右打者の内角をえぐる軌道で内野ゴロを量産する。1度目の最多勝を獲得した2019年の日本ハム時代から投げ始め、2021年から2年間のMLB挑戦を経て完成させた。「少しずつ握りを変えて、向こうにいる間に『これだ』というものがあった」
この球を武器にして、走者を出しながらも打たせて取る試合があれば、11奪三振で完封した今年7月1日の日本ハム戦(東京D)のように、チェンジアップ、フォークで面白いように三振を奪う試合もある。ピッチングに掴みどころがないとも、幅が広いとも言える。
ただ、本人はまた笑って、「いや、本当はもっと三振は取りたいんですよ」と明かす。
「追い込んだら、向こうも『右打者はフォーク、左打者はチェンジアップが来る』と思っているので当てられやすい。それでも調子が良かったら空振りを取れるけど、そんなに効いていない日は『弱いゴロならOK』と分けて考えています」
三振狙いか凡打狙いか。柔軟にピッチングを切り替える一方、最も顕著な二面性はマウンドと普段の姿だ。
マウンドに上がると別人のように気迫が露わになる。特にピンチでは恐ろしいほど。「選手にも『怖いっす』と言われます」と笑い、感情の出すぎは良いこととは思っていない。ただ、常に矢印は「10:0」で自分に向けられ、それはバックを守るナインも理解している。
冷静と情熱の間にいるエースは「『もうちょっと楽に行った方が』と言ってくれる人もいたけど、気持ちの入る、勝負がかかる場面になったら勝手にああいう風になるんです」と明かし、意図的に切り替えているわけではないという。
普段は実直で、温厚な性格。学生時代には試合前日に後輩たちに食事をご馳走して盛り立て、組織内で分け隔てなく人間関係を構築する。日本ハムではいたずら好きの後輩・大谷翔平を懐深く受け入れ、ソフトバンクではモイネロと投球談義に花を咲かせ、刺激し合う。
感情のコントラストは、それだけ試合に入り込み、先発投手として責任を負っている証し。球団スタッフによると、有原の登板日は「有原を勝たせよう」「しっかり守ろう」という雰囲気が自然と生まれるという。チームの“空気”を作ることも、エースの務めだろう。
開幕1か月でようやく勝利、その裏で下していた決断
今季のピッチングは圧倒と脆さの二面性も同居した。ときに完璧で、ときに脆い。春先のマウンドには、その揺らぎがあった。
3月28日、ロッテとの開幕戦(みずほPayPayドーム)が象徴だった。2年連続で開幕投手を任され、5回まで1人の走者も許さない完全投球。ところが6回に初安打から突然崩れ、一挙6失点。7回7失点で降板した。
「5回まではスイスイと行っていて、1本打たれて、なんですかね……おかしいなあと。いつもの状態で投げられなかった」
投手とは繊細な生き物。ほんの些細な指先の感覚、リズム、心の揺れ――そのどれもが、球筋を変えてしまう。
「もちろん最後までノーヒットでいけるとは思ってないけど、開幕戦でああいう展開で、ちょっと気持ちに焦りがあった」
しかし、4月25日にようやく今季初勝利を挙げると、6月から破竹の8連勝を飾った。その裏で、実はひとつの決断を下していた。「春の楽天戦、鈴木大地さんの打席ですね」。これまでの投球スタイルを変化させ、一気に14勝を積み上げ、2年連続の最多勝を獲得した。
そして、GWには最下位に沈んだチームの逆襲の旗手となり、秋の連覇、日本一に向かっていった。
(神原英彰 / Hideaki Kanbara)