不調→最多勝の裏で…“有原航平”を捨てた1球 浮上の転機「春の鈴木大地さんの打席です」

有原航平インタビュー後編…プロ11年目、33歳を迎えた投手としての現在地
ひとつの決断が状況を180度変えることがある。今季開幕から不安定な投球が続いたソフトバンク・有原航平投手は、ある選択が好転のきっかけに。「春の楽天戦、鈴木大地さんの打席です」――。自身の投手論を打ち明けた「Full-Count」のインタビューで裏側を回顧。33歳を迎えた選手としての現在地、長いキャリアで起きたピッチャー像の変化、消えゆく逸材を見てきた立場からプロ1年生に思うこと……寡黙なエースが語り尽くした。(前後編の後編、取材・文=神原 英彰)
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開幕から白星が遠く、迎えた4月25日の楽天戦(楽天モバイル)。
0-0の4回。有原は2死三塁のピンチで4番・鈴木大地と対峙した。初球から133キロ外角チェンジアップ(見逃し)、150キロ外角ストレート(ボール)、144キロ内角カットボール(空振り)と内外角を投げ分け、3球で追い込んだ。
チェンジアップをファウルにされた後の5球目。選択したのはストレートだ。151キロで外角いっぱいを突いた遊ゴロでピンチを脱した。
結果的に、この1球がシーズンの分岐点になった。有原は断言する。
「いつもなら絶対チェンジアップを投げているんです」
開幕のロッテ戦(みずほPayPayドーム)は5回完全の快投から6回に一挙6失点。7回7失点と崩れ、以降も不安定な投球が続いていた。
日本復帰3年目。前年は最多勝に輝き、他球団の研究も進んだ。有原はストライク先行で、左打者にはチェンジアップ、右打者にはフォークを決め球とする。粘られても多投し、絶対の自信を持つ球種で徹底して抑えてきた。
「開幕から綺麗に抑えようじゃないけど……自分の中で“型”がある程度あった。『この場面はこれで』『去年、一昨年は抑えたよね』みたいな。良いものはまずそのまま行きたい、と」
経験は頼りになるようで、ときに足かせになる。プロ11年目。キャリアの長さゆえ、「変化」に腰が重くなりやすい。ただ――。
「一度それは置いておいて、とにかく腕を振って目の前の1人を抑える。考え方を変えたことが良かった」。この試合8回0封の好投で初勝利。6月から8連勝を含む14勝でリーグ連覇の旗手となり、2年連続最多勝まで駆け上がった。
過去の自分を捨て、新しい自分を再構築する。鈴木に投じたストレートはその象徴だった。
「イニング数」にこだわる理由、33歳にして残した“伸びしろ”
33歳。ベテランという肩書きもつく年齢に。
フィジカルは「全然ない。痛い箇所もどこもない」と言う。トレーニングも「維持」ではなく「強化」が前提。ただ、投球スタイルはプロの年輪を重ねて変わった。
早大時代は「最速156キロ右腕」の触れ込みそのままに力で押し、まさに「圧倒」した。
「もう、あの頃みたいに力いっぱいでは行っていない。シーズンを通して1年間投げることが大事なので。制球も、打たせて取ることも必要と思っています」
ここに有原らしさがあり、エースを背負う者の覚悟がある。
開幕前、目指す数字を問われると、必ずイニング数を挙げる。「15勝」「防御率1点台」などに比べ、見出しになりにくい。だが、メディアの誘い水には一切乗らない。
勝ち星は打線の援護が絡む。イニングはローテを守り、打者を抑え、首脳陣の評価で増えていく。成果と信頼の数字。ペナントレースで救援の負担も減らす価値がある。
だから、最大効率で抑えることを優先する一方で、進化の余地もここにある。
「真っすぐ、まだまだ行けると思っているんで。本当は学生時代の腕を振った真っすぐと今の変化球で行きたい。高めに行けたら今より空振りも増えるし、練習もしているので」
学生時代から知る筆者も、有原のベストピッチは大学3年秋の慶大戦。バント安打1本で完封。直球が荒々しく唸り、チェンジアップが急激に落ちる。底知れぬスケール感だった。
“剛”の復活と、磨いた“柔”の融合。それが投手として究極のゴールになる。
“消えゆく逸材”に思うのは「自分が信じたものに信念を持って」
高校、大学とアマ球界のエリート街道を歩み、4球団競合でプロ入り。日米3球団で11年を過ごし、今や常勝軍団ソフトバンクのエースに。アマ時代の評価がそのまま成績につながった。
半面、「逸材」とされながら伸び悩む選手も少なくない。
多くの浮き沈みを見てきて、「プロ1年生」に思うことを最後に聞いてみた。「難しいですね」と逡巡。「いろんなことにトライするのはもちろん良い。ただ……」と切り出すと、こう言った。
「もうちょっと続けてみたらいいのに、と思うことがありますね」
情報が多く、選択肢にあふれる時代。「『こうやってみよう』と試して1、2試合微妙だと『(別の)こっちにしようかな』という選手を結構見る」。自身はシーズン前に「これで行く」と決め、それに徹するタイプだから対照的だ。
「もちろん選手のタイプがあるし、変化をさせたら劇的に良くなる人もいる」と言い、自身も今季前半の不調を好転させたように変化を否定しない。危ういのは軸がなく、変化がいつの間にか“手段”から“目的”に入れ替わり、自分を見失うこと。
「自分が信じたものを、もうちょっと信念を持ってやってくれたら」との言葉には説得力がある。
そして、そのメッセージは若い世代への助言であると同時に、本格派と技巧派の間でプロの世界を生き抜いてきた矜持にも聞こえた。
プロ11年間で新人王、3度の最多勝、全12球団勝利、日米通算100勝……。
速さだけでなく、巧さだけでもない。信念で進む。できた足跡が、有原航平を物語っている。
(神原英彰 / Hideaki Kanbara)