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ドラフトの陰の主役 感動を呼んだ広島スカウトの半生とは

20年の時を経て大舞台に登った田村スカウト

 雪辱を晴らすべく挑んだ翌94年の夏の甲子園。投球を受けたらすぐに投手に投げ返す田村のテンポの良さと強気のリード。さらには好調の打撃も勢いを生み出し、チームは決勝進出を果たす。相手は同じ九州勢の佐賀商。9回まで4対4の接戦だった。

 しかし――。相手打者の満塁ホームランで敗北が決まってしまう。マウンドに跪く福岡と茫然と立ちつくす田村。優勝はならなかったが、5万5千人の大観衆は、最高のコンビで大会を沸かせた2人に大きな拍手を送った。その雄姿を脳裏に焼き付けた甲子園ファンは多かったはずだ。

 その後、福岡は大学、社会人と野球を続けたが、肩の故障で現役を引退。94年に広島にドラフト6位で入団した田村も、メガネをかけた捕手として古田敦也氏のような活躍を期待されたが、満足いく結果を残せなかった。98年から3年間、1軍出場を果たしたが計62試合で02年に戦力外に。スコアラー等を経て、スカウトに転身した。

 13年10月24日、田村氏は93年夏の甲子園以来、20年の時を経て、再び世の野球ファンの脚光を浴びる形となった。大舞台には慣れているはずだが、その表情には緊張の色が浮かび、クジを持つ手は小刻みに震えていた。その前夜も抽選のシミュレーションをしていて、なかなか寝つけなかったという。

 捕手からスカウトへと立場は変わったが、投手を思う気持ちは変わらない。交渉権を獲得した際の田村氏は、たとえて言うならば、子供を世に送り出す父親のような面持ちだった。ドラフト会議では、選ばれた選手だけでなく、関わったスカウトたちにもいくつもドラマがある。田村恵という野球人の歴史にも、また1つ、熱いストーリーが加わった。

【了】

フルカウント編集部●文 text by Full-Count

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