オリックス大補強の舞台裏 改革を託された男の哲学(中)

王監督の前で見せた涙、「ただ勝ちたい」という思い

 そんなある日、うまくいかないチーム状況やわがままを言う選手に不満をためた加藤氏は思い切って王監督に思いを伝えることにした。真夜中のホテルの一室。「こんなチームじゃ勝てないと思います」「フロントもダメです」「監督があんなふうに小学生に話すみたいにミーティングをしていたら勝てないと思います」。アルコールの勢いも借り、偽らざる気持ちをぶつけた。自然と涙がこぼれた。すると、王監督が口を開いた。

「俺も分かっている。でも俺はこのチームに来た時に、分からない選手には分かるまで伝えようと思ったんだ」

 常勝を義務付けられた巨人とは違う環境で、指揮官もまた苦悩していた。

「ユニフォーム組の人間をどうやって君が動かすか。それは君だったら分かるだろ。スポーツもやってきて、いろんなチーム、いろんな競技をみてきて、勝てるチームにいたんだから。それとも、手柄を取りたいのか」

「いやそういうことではないです。ただ勝ちたいです」

 そう答えると、王監督はティッシュの箱をこちら側に走らせながら言った。

「じゃあうまく周りの人間を勝つ方に向けていけばいいだろ。今の時代は人をうまく使えなければだめだ。そういう流れを作ればいい」

 そうやって真摯に答えてくれる監督を見て心を打たれた。そんな王監督に忠誠を誓った加藤氏はその哲学を吸収しながら、自分なりに勝てる組織作りを目指していった。

 ホークスが強豪へと成長していく過程を見届けると、ナイキジャパンに転職。野球部門の責任者としてダルビッシュ有、松坂大輔、上原浩治、川上憲伸、松井稼頭央、岩村明憲らそうそうたるメンバーの契約、そしてパシフィックリーグとのパートナーシップ契約を手掛け、12年からは楽天へ。ここで初めて編成を担当し、「3年以内の優勝」を目標に掲げてチームを作っていった。

 13年にはアンドリュー・ジョーンズやケーシー・マギーの補強に成功。特にマギーは巨人と契約寸前までいっていたところを「うちにきたらレギュラーだ」と再三、伝えて口説き落とした。当時は王監督の時と同様、星野仙一監督とも積極的にコミュニケーションを取り、現場とフロントの意思統一をうまく図りながら、チームを築き上げた。そして見事、13年シーズンに初の日本一を引き寄せた。

「あの時の楽天は勢いがありました。特に田中の時は、甲子園のトーナメントみたいな雰囲気になるんですよ。みんながこれはもうエラーできねえぞ、絶対負けねえぞ、と。今まで負けてきていても、スイッチが入って全員が初回からいくぞみたいな感じになる。マー君はまたリズムが良いんですよ。併殺もあるし、三振もある。

 ただ、僕は大事なのは併殺を取れるチームだと思うんです。なぜなら、併殺でリズムが変わって次の回に点が入るから。そういう意味では内野の強化が必須だった。だから藤田を獲ってたから田中も助かったって言ってくれたのは、僕からしてみれば、よしよし田中分かってくれてるな、と。僕は陰のMVPは藤田だといつも思ってるんです」

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