失敗から始まった野球人生― DeNAドラ2右腕は“ただでは転ばない”

“お山の大将”にならなかった熊原、「クマはあくなき探究心を持っています」

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DeNA・熊原健人【写真:高橋昌江】

 日本代表からチームに帰ってきても、以前と態度は変わらなかった。「こっちも鼻が伸びないように気を使うじゃないですか。それがなかったんですよね。いい気にならない。クマはあくなき探究心を持っています」と森本監督。“お山の大将”になることなく、常に自身を一番下に置き、謙虚に向上心を持ち続けた。

 それはプロの環境に入っても変わらない。新人合同自主トレの時、2016年のビジョンを訊ねると、「キャンプは1軍ってなりましたけど、みんな、すごい人たちの集まり。自分が一番、下手だと思っています。周りのプレーを見て考えて、少しでもいい方向に進めるようにしたいと思っています。分からないことがたくさんあるので、まずは環境に慣れて、プロの世界で怪我なく1年間、やりたい。プロ第1球や初勝利など、これから経験できるように練習を積み重ねてチームの戦力になりたいです」と返ってきた。

 新人合同自主トレを訪ねた日は日曜日ということもあり、練習後にサイン会が開催された。サインを書き終えると「ありがとうございます!」と言って、人によっては「また来てください!」と声もかけていた熊原。知り合いだったのかと思って確認すると、「違いますよ。自分なんかのサインを欲しいって言ってくれて、有難いじゃないですか」と丁寧な対応を見せていた。

 サイン会の予定は30分だったが、ファンの列は途切れることなく、15分、延長された。それでも熊原の列は終わらなかった。球場では、新人選手のグッズも販売されており、販売者に熊原の売れ行きを訪ねると「聞かれたから言うわけではないですが、一番、売れています。ユニホームは最初に売れましたよ」。人気は期待の高さにも比例する。

 熊原は「自分、いっつも失敗ばかりしているんで」とよく言っていた。

「2年春のリーグ戦で開幕投手になりましたけど、負けて、自分、全然ダメだなって。でも、このままじゃ終わらないぞって思っていました。失敗したままではまた失敗を繰り返してしまいますが、少しずつ修正して、負の連鎖を止めようって思っています」

 小学5年の冬、チームに入団して3日目で右手首を骨折するという不運な“失敗”から始まった熊原の野球人生。プロ初の練習試合での“失敗”も、この先につなげる力を持っている。人気に実力も伴う選手へ――。ただでは転ばない。

【了】

高橋昌江●文 text by Masae Takahashi

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