元ベイ助っ人ブラッグス氏来日インタ前編「イチローの代理人をやれば…」

印象残った選手は伊藤智仁氏&佐々木主浩氏と「オリックスのイチロー君」

――日本に来てからトレーニングは? 翌日に早速ジムに行ったと聞きましたが。

「来日2日目は時間がなかったから、様子を見て入会だけしてきたよ。ジムには週に3~4日いって、1日に体の2個所だけを鍛えるって感じで場所を絞ってトレーニングするようにしている。でも体を休ませることも大事なので、毎日はしないよ」

――29試合連続安打という球団最長記録を記録した。当時はどんな気持ちで打席に立っていた?

「そういえば、誰かその記録に近づいたんだよね?(梶谷が2014年に15試合連続安打)だから、それを聞いたときは、相手のピッチャーに電話して、『これ以上打たせないようにして』って言おうと思ったよ(笑)。あのときは打席に入る前から今日は最低でも1本は打ってやる!とかそういう気持ちはなかったかな。記録は意識しないで、自然に続いて自然に終わっていくことだと思うから」

――印象に残っている打席はありますか?

「覚えているのは、東京ドームの巨人戦。当日3打席打てていなくて、最後の打席で石毛(博史)投手と対戦したときのこと。3ボールだったんだけど、スライダーを振ったら、ヒットになって記録が続いたなあって。基本はチームの勝利のために打席に立つという心構えでいたから自分の記録を伸ばそうとかそういうことじゃなかった」

――対戦した中で記憶に残っている選手は?

「対戦した投手でいうと、ヤクルトの伊藤智仁投手かな(現ヤクルト投手コーチ)。あのスライダーは打てなかったな。それと、同じチームだったけど、佐々木(主浩)投手だね。あの力強いストレートとテーブルから転がり落ちるようなフォークを、真上から投げるから見分けがつきにくかった。同じチームでよかったなって思ったよ。もう一人、リーグは違ったけど、オリックスのイチロー君だね、あの頃、中日のパウエルと、“彼のエージェントになったら儲かるだろうね”って話していたくらいだから。彼のすごいところは、難しいスポーツなのにいとも簡単なもののようにみせてしまうところだね」

(つづく)

◇グレン・ブラッグス
1962年10月17日生まれ。53歳。1983年全米ドラフト2巡目でブルワーズに入団し1986年にメジャーリーグデビュー。レッズでプレーした後、1993年から96年までに横浜ベイスターズに在籍。94年には35本塁打とパワーを見せつけた。日本での通算打率は3割、91本塁打。260打点をマーク。パワフルな打撃で日本のプロ野球ファンを魅了した。

【了】

白井京子●文 text by Kyoko Shirai

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