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異色の経歴持つ指導者が見た世界の野球「日本の野球は変わっていかないと」

阪長友仁氏は大阪府交野市の出身だ。高校は新潟明訓高校に進み、1999年に夏の甲子園に出場。1回戦ではいまは亡き名将・上甲正典監督率いる宇和島東高と対戦。相手エースから本塁打を打つなど活躍し、高校卒業後は立教大学に進んで4年次には主将を務めた野球人である。

「日本の野球を世界に広めよう」と思ったが、逆に「日本が世界から学ぶこともたくさんある」

――日本とは違いますか。

「日本ですと、大人が『野球を楽しめ』『好きになれ』と強制することになりますが、ドミニカはそうではない。子どもたちに野球のいろんな動作をさせる。うまくできるときも、できないときもありますが、うまく出来たときには指導者がパッと褒める。そういうことの繰り返しで『野球が好き』という気持ちを育んでいくんですね。子どもたちはもともと上手くなりたい、という気持ちを絶対に持っています。その気持ちを伸ばしてあげるわけです。大人がボーッと見ているだけでは、子供たちは野球好きにはなりません。彼らが経験していく過程に色々なことを散りばめておくことで、野球が好きになるんですね」

――日本の少年野球とは大きく違いますね?

「ドミニカの野球を見ていると、もっと日本の野球は変わっていかないと、発展性がないんじゃないかと痛感します。ドミニカや他の国で学んだ野球指導の経験を活かせば、子供たちの可能性をもっと引き出せるんじゃないか、日本の野球を世界に広めようと出ていったが、逆に日本が世界から学ぶこともたくさんあるのではないか、と思うようになったんです」

――そして堺ビッグボーイズと出会ったと。

「日本に帰ってきたのは2014年ですが、以前から堺ビッグボーイズの瀬野代表とは連絡を取っていました。堺ビッグボーイズはDeNAの筒香嘉智選手、西武の森友哉選手を輩出していますが、彼らの少し前のチームも全国大会で優勝しています。それはチームとしては最高の結果でしたが、その年代からはその後に活躍した選手が出なかったんです。高校時代に甲子園で活躍するような選手はいましたが、その後、プロへ行くなどの活躍をした選手はほとんどいなかった。

 目の前の勝負に勝つことばかりをやっていて、子供たちが次のステージに行ったときに潰れている、伸びていなかったのです。本来は、将来活躍するための能力をここで養うべきなのにそうなっていない。何のために指導をするのか、という問題意識を持って、2009年から新しい指導法に方針を転換したのです。2014年に帰国したタイミングで、私も向こうの経験を活かせるんじゃないか、と思ってお手伝いすることにしました」

(広尾晃 / Koh Hiroo)

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