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“甲斐キャノン”誕生秘話 「野球を続けるか、続けないか」から“奇跡”のプロ入り

2年連続の日本一に輝いたソフトバンク。球界屈指の選手が集まる常勝軍団にあって、日本シリーズで一躍脚光を浴びたのが甲斐拓也捕手だった。第1戦から6連続盗塁阻止の日本シリーズ記録を樹立。広島の武器である機動力を完全に封じた“甲斐キャノン”は、瞬く間に全国に知れ渡ることとなった。

今季の日本シリーズMVPに輝いたソフトバンク・甲斐拓也【写真:藤浦一都】
今季の日本シリーズMVPに輝いたソフトバンク・甲斐拓也【写真:藤浦一都】

2010年ドラフト指名で97人のうち94番目

 2年連続の日本一に輝いたソフトバンク。球界屈指の選手が集まる常勝軍団にあって、日本シリーズで一躍脚光を浴びたのが甲斐拓也捕手だった。第1戦から6連続盗塁阻止の日本シリーズ記録を樹立。広島の武器である機動力を完全に封じた“甲斐キャノン”は、瞬く間に全国に知れ渡ることとなった。

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 その甲斐が、千賀とともに育成選手の出身であることは、すでに知られたところ。2010年の育成ドラフト6巡目での入団だったが、この年のドラフト1位が同じ高卒捕手の山下斐紹(現楽天)で、2位が主砲に成長した柳田悠岐、そして育成4巡目が千賀滉大、同5巡目が牧原大成、そして甲斐だった。この年、支配下と育成を合わせて12球団で97人が指名を受けたが、甲斐の名前が呼ばれたのは94番目だった。

 無理もない。そもそも、楊志館高3年夏の大分県大会が終わった時点で甲斐がプロに指名される可能性は皆無に近く、プロに指名されたことが“奇跡”のようなものだった。高校通算40本塁打を放ったが、2年夏の大分県大会は準々決勝で1歳年上の今宮健太擁する明豊高に敗戦。3年夏はまさかの初戦敗退。甲子園に縁はなく、プロのスカウトの目に触れる機会もほぼなかった。

 ノーマークだったのは、のちに育成選手として指名するソフトバンクも同様だった。「進路にプロという選択肢なんてあるわけがなかった。それよりも、野球を続けるか、続けないかの選択でした」。予想以上に早い7月下旬で高校野球を引退。周りが1人、また1人と進路を決める中で、甲斐自身は大学進学か、それとも就職か、と決断を下せないままでいた。

 そんな甲斐に“奇跡”が起きる。野球部監督の宮地弘明氏は、進路を決めかねている甲斐の姿を見て、九州を本拠地とするソフトバンクの九州担当・福山龍太郎スカウトに連絡を入れた。甲斐のプレーを一度見てやってくれないか、と願ったのだった。

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