楽天ドラフト8位・鈴木が大学先輩目指し最多勝誓う 「憧れている面が多かった」

大学2年までの球種はストレートとカーブのみ

 大学2年まで投げていたのはストレートとカーブのみ。スライダーを投げ始めたのは3年春からだ。「みんなと同じ握りでは投げられなかった」と試行錯誤。人差し指と中指をくっつけると投げにくく、「なんで、それで投げられるんだろう」と思ったという。そんな時、写真で目にしたのが、ドジャース・前田健太投手のスライダーの握りだった。それはツーシームの握りで人差し指と中指が離れていた。

「前田健太さんが指をくっつけず、離してスライダーを投げていたんですよ。真似して投げたらめちゃめちゃよくて。人差し指で最後、切るようにパッと投げるんです。前田健太さんのお陰です(笑)。別に、握りとかみんなに合わせる必要はないんだなと学んで、変化の握りは全部、自己流です。自分、オーソドックスな握りで投げられないんですよ。チェンジアップはだいたい、OKボールだったりするじゃないですか。それだと投げられなくて。で、こうです」

 ボールを中指と人差し指で挟み、フォークボールの握りのようだが、「手首を立てるとフォークになりますが、手首を立てて投げられないんですよ。手首を寝かせたらチェンジになるので」。大学3年春に立教大・田中誠也投手のチェンジアップを見て習得しようと夏場に練習し、秋から使い始めた。鈴木は人よりも手が大きく、指も長く、手首を立てることも苦手。「人じゃないのかも」と笑ったが、諦めずに自分の手に合う握りを探し、より良いボールを投げるために工夫してきた。

 手が大きい理由を「ピアノかも」と言った。兄を追いかけてソフトボール、野球をやり、姉を追いかけて書道、水泳、ピアノに励んだ小学生時代。低学年から6年生まで続けたピアノは、中学校の3年間、合唱コンクールの伴奏を任された。会見ではピアノを始めたきっかけと十八番を聞かれ、「姉が小学校の頃にやっていて、自分も真似をして始めたのがきっかけです。十八番? 中学校の合唱コンクールで弾かせていただいた大地讃頌を十八番にしております」と笑った。

「野球を頑張りたい」と意気込んで飛び込んだ大学では、怪我やフォームに悩まされた。順風満帆な歩みではなく、「2年生の時だったら遊びに走っていたかもしれない」と言ったことがある。葛藤を乗り越え、諦めなかった結果は3年春に表れた。

ターニングポイントは3年春の東京ドーム

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