西武で3年連続50試合以上登板 サイド左腕が子どもたちに説く「経験」の大切さ

ライオンズアカデミーコーチの星野智樹さん【写真提供:埼玉西武ライオンズ】
ライオンズアカデミーコーチの星野智樹さん【写真提供:埼玉西武ライオンズ】

2008年には63試合に登板した星野智樹さん「経験を積むことが一番大事」

 プロ野球は3月29日に開幕。元プロ野球選手が講師を務めるライオンズアカデミーも4月から新年度がスタートし、西武でサイドスロー左腕として活躍した星野智樹さんは、アカデミーコーチとして6年目のシーズンを迎えた。

 三重県・四日市工高から社会人のプリンスホテルを経て、1998年のドラフト3位で西武に入団。プリンスホテルでは、都市対抗、日本選手権への出場がなく、ホテルでの業務も行っていた。

「人前に出て失礼があるとホテルの信用に関わるし、野球以外何もできなかったので、皿洗いをしていました。コップ1個割っても怒られるような環境でした。働いていた新高輪プリンスホテルの『飛天の間』はドラフト会議の会場で、その横で働いていていつか自分も呼ばれたいと思っていたので、指名されたときは嬉しかったです」

 中継ぎとして活躍が期待されたが、5年間は1軍に定着することができなかった。6年目の2004年に投球フォームをサイドスローに変更。その成果が表れ、この年はチーム最多の56試合に登板した。

「フォームを変えようか迷っているときに、野球を全く知らない妻が『やってみたらいいじゃん』と言ったんです。『ずいぶん簡単に言うな』と思ったんですけど、それがよかった。『素人って怖いな』と思ったんですけど、変えるきっかけになりました」

 その後は3年連続50試合以上に登板。08年には63試合に登板し、日本シリーズ、アジアシリーズでも安定した投球を見せて、チームのアジア制覇に貢献した。

「フォームを変えてから登板機会が増え、経験を積めたことが好成績につながったと思います。打たれても、経験を積むことが一番大事。抑えればそれが自信になりますから」

「子どもたちが野球を続けられる環境づくりを」

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