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「末代までの恥」発言受けた球児が振り返る 今だから分かる敵将の野球愛

先日、とある仕事の打ち合わせの相手と高校野球の話題になった。聞くと、甲子園出場経験があるという。2010年の第82回センバツ、21世紀枠で出場した向陽高校(和歌山)の2年生の時に甲子園の土を踏んでいた。

「強い私学に負けるな!」注目度が増し、向陽を応援する高校野球ファンが増える

 唯一、「今でもいい影響として僕の記憶に残っています」というのは、次戦の日大三(東京)との試合だった。敗れたが、試合前からこれまでにない空気、追い風を感じた。

「観客の方から『強い私学に負けるなよ!』とか『頑張れ!』とかキャッチボールをしている時から聞こえてきました。僕たちがヒットを1本打っただけで大歓声でした。応援の力を感じましたね」

 甲子園で起きた“事件”によって、注目され、周囲の反応は大きく変わっていた。野球ファンだけでなく、知人友人からも喜びの声をたくさんもらった。21世紀枠の県立高校が私立に勝っただけではここまでの応援は得られなかった。甲子園での出来事が津村さんの人生に大きな影響を及ぼした。

「夢を叶えたことが、こんなにも人の喜びに繋がるのかと思いましたね。自分が努力をすることで多くの人に喜びを与えられるような仕事をしたいと思うようになりました」

 4年間、関西学院大の野球部でプレー。大学卒業後は世界的に見ても一流と呼べる企業に就職した。しかし、頭のどこかに、野球で人々の心を動かす仕事をしたいと思うようになっていた。思い切って、野球に携わる仕事に転職した。

 今の仕事に就いてまだ2~3か月。今回のように甲子園の話題になると9年前の出来事を思い出すという。

「自分も私立の大学に進んで硬式野球部だったのですが、部内には公立の大学には絶対に負けてはいけないという雰囲気はありました。それを感じた時、開星の野々村さんの気持ちが少しわかったような気はしました。最初は『指導者としてあの発言はどうなのだろう』と思いましたが、本気で野球に向き合い、勝ちに来たから、そういうコメントになったのだろうと、想像がつきます」

 野々村監督はその後、発言を謝罪。2012年3月に開星高校を定年退職後、画家兼教育評論家と活動している。津村さんは野々村監督がテレビ出演で騒動の真意を語っていたのを見た。自分がイメージした経緯と一緒だった。

「それまで、僕らは試合直後の野々村さんしか知りませんでした。ただ改めて発言の経緯を聞いて、野球を愛しているな、と。選手に愛を持って接し、あのセンバツで本気で全国の頂点を取るという気持ちで挑んでいたことを知りました。それで21世紀枠出場の公立に負けてしまったら…今となったら分かる気はしますよね」

 当時の向陽高校のメンバーの中には津村さん以外にも中学野球の監督など、野球に携わっている人もいる。津村さんもあの一件から野球への思いが強くなり、野球ファン、プレーヤー人口の増加を目指している。自身が運営する「teams」は人と人とを繋ぎ、野球の面白さを伝えていくことが根底にある。サイト内で草野球リーグを作り、5月に発足させる予定だ。そのツールについて力説する目は、輝いている。

「野々村さんは僕以上に野球を情熱を持っている方なんだと思います。野球人の先輩としていつか会って話を聞いてみたいですね。あの方の草野球を含めたアマチュアの野球に対する考えとかとても興味があります」

 決して苦い記憶ではない。野球への思いを強くしてくれた1試合として津村さんの心には刻まれている。

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