ヤクルトの若き大砲・村上、松井秀喜氏に近づくために必要なこと

元巨人スコアラーの三井康浩氏【写真:荒川祐史】
元巨人スコアラーの三井康浩氏【写真:荒川祐史】

高卒2年目の松井秀喜氏より村上の方が左方向は飛んでいる

 私がスコアラー時代に見た松井秀喜氏も、村上選手と同じように両方、広角に打てる打者でした。左方向への距離は、今の村上選手の方が、高卒2年目の松井氏より飛んでいると思いますが、松井氏は内角にとにかく強かったです。

 ただ、常に内角に目線があるので、低めの変化球には空振りをしていた時期もありました。当時、ヤクルトの古田敦也捕手が松井氏へそういう配球をしてきたので、自分で広角に目付を切り替えてからは、変化球も拾えるようになりました。2、3年目くらいに、自分に対する攻め方を勉強したんじゃないですかね。それから、ガラッと変わりました。

 松井氏はファーストストライク、初球をまず振らなかったですね。彼が好んでいたのは、追い込まれてからの打撃でした。まずは投手の出方を見る。配球を読む努力をしていたんだと思います。

 ヤクルトにはシュートが武器の川崎憲次郎投手がいました。松井氏の長打を防ぐためにシュートを見せて、外のスライダー、フォークでうまく攻めていました。

 例えば、今日の川崎君はシュートが全然、入らない。いいコースにも決まらない。ただ、スライダーが内角に決まってきたとします。松井氏は“内角でファウルを打たせよう”という配球だと分かると、ガラリと狙いが変わる。アウトコースの目付からインコースに変えて、インコースの懐を広くしていた。打撃の中でそういう器用さがありました。

 松井氏は一球一球、勝負するのではなくて、自分に対する配球の傾向を対投手別で分かっていました。大きな流れで分ければ、緩い球で追い込んで来たら、速い球で勝負をしてくる。速い球で追い込んで来たら、緩い球で勝負してくる。

 そのような大きな枠組みを持っていました。だから、追い込まれても一発で仕留めることができていました。村上選手も松井氏のような打者になっていくためには、まずは、大まかな配球からでもいいので、傾向を勉強していくことをお勧めします。

 以前、元ヤクルトの野村克也監督が「一流から超一流になるためには知恵が必要だ」ということをお話になっていました。技術だけではなく、知恵をどれだけ増やすことができるか。これからは、配球の傾向を作る努力をしていけば、もっとレベルアップしていけると思います。

(三井康浩/Yashuhiro Mitsui)

プロフィール
三井康浩(みつい・やすひろ)1961年1月19日、島根県出身。出雲西高から78年ドラフト外で巨人に入団。85年に引退。86年に巨人2軍サブマネジャーを務め、87年にスコアラーに転身。02年にチーフスコアラー。08年から査定を担当。その後、編成統括ディレクターとしてスカウティングや外国人獲得なども行った。2009年にはWBC日本代表のスコアラーも務めた。松井秀喜氏、高橋由伸氏、二岡智宏氏、阿部慎之助選手らからの信頼も厚い。

【動画】松井秀喜氏が高卒2年目で作り上げたものとは? 元G名スコアラーが解説、ヤクルト村上にも送りたい“秘話”

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