中日、戦力外2選手がトライアウトへ 現役続行への挑戦、そして妻の涙で気づいた思い

野球への未練はないが練習を開始「今まで支えてくれた人の気持ちを考えていませんでした」

 笑顔で振り返る近藤に野球への未練は全くない。では、なぜ練習を始めたのか。転機は戦力外通告を受けた数日後だった。

「妻と一緒に家で野球用品を片付けていた時、ユニフォームをたたんでいた妻の手が止まったんです。『どうした?』と聞くと、『本当はトライアウトを受けて欲しいんだよね』と」

 妻はこぼれ落ちる涙をぬぐいながら、懸命に笑みを浮かべた。

「その時、全て自分1人で決断していることに気付いたんです。今まで支えてくれた人の気持ちを考えていませんでした」

 背番号「67」を完全にたたむのはもう少し先でいい。

「実は同じ頃にナゴヤ球場でいつも応援してくれる親子に会ったんです。お母さんと小学生の男の子。今まで帽子やTシャツにサインしましたし、白のリストバンドもプレゼントしたことがありました」

 その日が久しぶりの再会だった。

「この子、戦力外通告の日から元気がなくて。でも、直接会ってお疲れ様を言おうと思って、何度もここに来たんです。今日、やっと会えました。嬉しいです」

 お母さんの声は震え、目には光るものがあった。男の子は下を向いたままだった。涙が止まらなかった。最後まで「お疲れ様」は言えなかった。

「でも、気持ちはすごく伝わりました。僕みたいな選手をここまで応援してくれているファンがいる。もう1度、プレーしようと決めました」

 12球団合同トライアウト。それは敗者復活をかけた公開オーディションであり、最後の雄姿を見せる引退試合でもある。スタンドにはスカウト、家族、ファンが集まる。きっと杉山は死に物狂いで戦うだろう。そして、近藤は恩返しのために全てを出し切るに違いない。左手に白いリストバンドをつけて。

(CBCアナウンサー 若狭敬一/ Keiichi Wakasa)
<プロフィール>
1975年9月1日岡山県倉敷市生まれ。1998年3月、名古屋大学経済学部卒業。同年4月、中部日本放送株式会社(現・株式会社CBCテレビ)にアナウンサーとして入社。テレビの情報番組の司会やレポーターを担当。また、ラジオの音楽番組のパーソナリティーとして1500組のアーティストにインタビュー。2004年、JNN系アノンシスト賞ラジオフリートーク部門優秀賞。2005年、2015年、同テレビフリートーク部門優秀賞受賞。2006年からはプロ野球の実況中継を担当。現在の担当番組は、テレビ「サンデードラゴンズ」(毎週日曜12時54分~)「High FIVE!!」(毎週土曜17時00分~)、ラジオ「若狭敬一のスポ音」(毎週土曜12時20分~)「ドラ魂キング」(毎週金曜16時~)など。著書「サンドラのドラゴンズ論」(中日新聞社)。

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