西武、山川が背番号「3」に 土井、清原、中島、浅村らスラッガーの系譜

ライオンズの背番号「3」を背負った歴代の選手は強打が持ち味

 埼玉西武ライオンズは、1950年に西鉄クリッパーズとして創設され、翌年西鉄ライオンズとなる。初代の背番号「3」は、戦前に巨人で投手として活躍し、戦後は捕手に転向した楠協郎(安夫)。翌1951年に巨人に復帰している。

 2代目の新留国良は左打ちの外野手。1年だけ「3」をつけた。3代目は戦後「青バットの大下」として一世を風靡した大打者大下弘。東急から西鉄への移籍は大きなニュースとなった。中西太、豊田泰光とともに西鉄全盛期の中軸を担った。

 広野功は2本の逆転満塁本塁打で知られる強打者。中日から西鉄に移籍し、3シーズン「3」をつけて巨人に移籍した。

 榎本喜八は、オリオンズの安打製造機として知られた大打者、キャリア最終年に西鉄に移籍して「3」をつけた。福富邦夫はヤクルトの強打者。太平洋クラブライオンズに移籍し、2年間「3」をつけた後にヤクルトに復帰。

 ジェリー・ホワイトは1年だけ「3」をつけて大洋に移籍した。

 生え抜きの打者で1年目から「3」をつけたのは清原和博が最初。高卒1年目から破天荒な成績を残す。巨人にFA移籍するまで主力打者として活躍した。

 玉野宏昌は1996年神戸弘陵高からドラフト1位で西武に入団。清原の後を受けて高卒1年目から「3」をつけたが活躍できなかった。

 トニー・フェルナンデスはMLBで2276安打を記録した大打者。1年だけ在籍して「3」をつけた。スコット・マクレーンは3シーズン「3」をつけ、1年目は39本塁打を記録している。

 このあとが中島裕之(現宏之、現巨人)。MLBに挑戦するまで西武の主力打者として活躍。ライオンズの背番号「3」としては最多の1356安打を打っている。

 そして、今季楽天にFA移籍した浅村栄斗が直近の「3」だった。

 ここ2代は強打の内野手がつけてきたライオンズの背番号「3」。山川にはぴったりの背番号と言えるだろう。

(広尾晃 / Koh Hiroo)

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