球団消滅から15年― 豪快伝説、個性派集団、いてまえ打線…最後の選手会長が語る近鉄

「いてまえ」の合言葉通り、豪快なエピソードの多かったチームだが……

 捕手として個性の強い投手たちとコミュニケーションを取っていた礒部氏は、5度の最優秀救援に加え、1992年には抑えを務めながら最優秀防御率を獲得するという離れ業を演じた剛腕・赤堀元之氏の意外なエピソードも明かしてくれた。

「赤堀さんなんか、試合前にずっと漫画を読んでましたね。どんだけ漫画読むねんって(笑)。8回から9回が赤堀さんの仕事場なので、球場に入るのも遅かったりしました。仰木さんの時には現在のような、クローザーもホームゲームでは3時間半前くらいから練習という感覚は近鉄にはなかったと思うんですよね。やはり、試合でベストパフォーマンスを出すことが一番で、クローザーなら別に早く来なくても、ゆっくりその時間に合わせて来ればいいんじゃないかと。やっぱり、それも近鉄らしさですかね」

 また、書籍の中では、金村義明氏の談話として、1988年と1989年の2度にわたるダブルヘッダーで日本中の注目を集めた名監督・仰木氏が、翌日のショートの先発を北海道遠征で訪れたサッポロビール園での一気飲みで決めたことがあるという、現在では到底考えられない驚きの逸話も紹介されている。

「『ショート、誰が行くねん』と。真喜志(康永)さんなんか、普段酒飲まないのに一生懸命飲んでたらしいですよ。普通、レギュラーを一気飲みの早さで決めますか? ある程度の立ち位置の選手だけでやるならいいんですけど、控えの控えみたいな登録メンバーで勝負するぐらいですからね。ありえないような話ですけど、仰木さんのやりそうなことだなあ、と。元々そういう、お酒を飲みながら何かするのが好きな方でしたから」

 今回の書籍の中には、他にも、いかにも近鉄らしい、豪快かつ人情味のあるエピソードが多数収録されている。とはいえ、実際の近鉄というチームは、世間一般の豪快なイメージとは異なる一面も持っていたという。

「打ち勝つ野球が多くて豪快に見えるでしょうが、細かいサインプレーなどもしっかり入れながら、というチームでしたので、周囲が思うほど僕たちは『いてまえ』という感じではないんです。僕たちが入った時には分析担当のコーチの方もおられましたし、元々の豪快な野球に緻密さを足すことで強いチームを作っていこう、という、ちょうどそういった世代でした」

球界再編に揺れた2004年のことを知らない野球ファンに、礒部氏が伝えたいこと

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