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金田正一、バッキー、竹中雅彦、元楽天ファンミル… 2019年この世を去った野球人【後編】

今年世を去った野球人を、7月以降も見ていこう。昭和野球史を彩った人たちだ。

竹中雅彦氏はタイブレークの導入、「球数制限」議論などでも尽力

○山本哲也(10月13日 85歳)阪神元捕手
 熊本工から1953年に阪神入団。好守の捕手として小山正明、村山実らエース級の信頼を得る。引退後は阪神コーチ。NPB通算854試合1655打数341安打12本塁打109打点29盗塁、打率.206。オールスター出場2回。

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○竹中雅彦(10月16日 64歳)日本高校野球連盟事務局長
 和歌山・桐蔭高では軟式野球。成城大で硬式野球に転向。和歌山県高野連理事長などを経て2011年に日本高野連事務局に入り、2013年12月から事務局長。タイブレークの導入、「球数制限」議論などでも尽力。8月のU-18ワールドカップにも帯同するなど精力的に活動していただけに、突然の死は関係者を驚かせた。

○川端俊介(10月22日 56歳)高崎高元投手
 高崎高時代に春の甲子園に出場。早稲田大学を経て小学校教諭。スポーツノンフィクションの名作、故山際淳司の「スローカーブを、もう一球」の主人公。

○原野和夫(11月9日 91歳)パシフィック・リーグ元会長
 東京大学農学部を経て1950年に時事通信社に入社。代表取締役社長に。退任後の1991年1月22日、パシフィック・リーグの第8代会長に就任。野茂英雄のMLB移籍など、多難な時代のパ・リーグのかじ取りをした。

○橋野純(11月16日 71歳)観音寺中央高元監督
 丸亀商監督を経て1992年、観音寺中央高監督に就任。1995年に春のセンバツに初出場し、初優勝を果たす。その後四国学院大の監督、総監督も務めた。

○田中達夫(11月27日 92歳)南海、阪急元投手
 佐世保商、下川商事を経て1950年南海に入団。1952年に阪急移籍。NPB通算4勝4敗92回2/3、防御率2.81。

○醍醐猛夫(12月11日 81歳)毎日・大毎・東京・ロッテ元捕手
 早実高時代は2年後輩の王貞治とバッテリーを組み甲子園で活躍。1957年毎日に入団。捕手としてオリオンズ一筋18年。引退後もロッテのコーチとして活躍。NPB通算1775試合4843打数1132安打81本塁打472打点50盗塁、打率.234。オールスター出場4回。

○高井保弘(12月13日 74歳)阪急元内野手
 今治西高から名古屋日産モーターを経て1964年に阪急入団。1974年にNPB記録を更新する14本目の代打本塁打。最終的にこの記録を27本まで伸ばす。NPB通算1135試合2476打数665安打130本塁打446打点11盗塁、打率.269。ベストナイン1回、オールスター出場1回。

○原田孝一(12月24日 91歳)元阪急投手
 熊本商から1949年阪急に。1954年に15勝を挙げた右腕投手。NPB通算43勝44敗842回2/3、防御率3.22。引退義はセ・リーグ審判となる。

(広尾晃 / Koh Hiroo)

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