平松政次、田代富雄、松原誠…個性あふれる“大洋ホエールズ”ベストナイン

スーパーカートリオ、スーパーマリオ、天秤打法…愛称も多彩

 三塁手は、桑田武が1959年に中大から入団。1年目に、いきなり31本塁打を放って新人最多記録を樹立し、本塁打王、新人王にも輝いた。61年には打点王。ONの向こうを張る強打者だった。松原誠は前述の通り、三塁手としても活躍。クリート・ボイヤーは、ヤンキース、ブレーブスで正三塁手を務めた後、35歳で来日したが、守備は抜群でダイヤモンドグラブを2回獲得した。田代富雄は、72年ドラフト3位で藤沢商から入団。19年間在籍、1軍実働16年で、松原に次ぐ球団史上2位の通算278本塁打を量産し、『オバQ』の愛称で親しまれた。長年の功績を考えれば、田代がふさわしいだろう。

 遊撃手では、引地信之が下関商、社会人野球の全下関を経て、1952年に地元に本拠地を置いていた大洋に入団。1年目からレギュラーとして活躍した。松岡功祐は、66年第1次ドラフト1位でサッポロビールから入団し、こちらも1年目からレギュラーを張った。山下大輔は、73年ドラフト1位指名を受け、慶大から鳴り物入りで入団。華麗な守備でスターとなり、ダイヤモンドグラブ賞8回、ベストナイン1回、オールスター出場4回。82年ドラフト4位で名古屋電気高(現愛工大名電高)から入団した高橋雅裕も、堅実なグラブさばきを誇ったが、ここは実績、人気で山下が突出している。

 外野手はどうか。青田昇は、巨人の強打者として有名だが、大洋・大洋松竹・洋松に1952年から6年間在籍し、本塁打王を3度獲得している。近藤和彦は、明大時代から同期の長嶋茂雄のライバル。独特な『天秤打法』で打率リーグ2位が4度あったが、首位打者は獲れずじまい。盗塁王を1回獲得した。中塚政幸は、PL学園、中大を経て67年ドラフト2位で入団。小柄ながら俊足巧打のリードオフマンとして活躍し、盗塁王1回。長崎慶一は、72年ドラフト1位で法大から入団し、シュアな打撃で鳴らした。82年には.351の高打率で首位打者を獲得した。屋鋪要は、77年ドラフト6位で兵庫・三田学園高から入団し、『スーパーカートリオ』の1人として盗塁王3回。守備範囲も広く、ゴールデングラブに5回輝いた。86年加入のカルロス・ポンセは、本塁打王1回、打点王2回と活躍。口髭を蓄えた風貌から『スーパーマリオ』の愛称が浸透し、人気も抜群だった。多士済々だが、キャリアの長い近藤、長崎、屋鋪を選出する。

 こうして振り返ると、優勝は1960年の1度だけだが、ホエールズには個性的かつ魅力的な選手がめじろ押し。思い出すだけで楽しくなる顔ぶれである。

(広尾晃 / Koh Hiroo)

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