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「私にとって特別な存在」元巨人マシソンが自宅に飾る阿部慎之助のユニホーム

球場から一歩外に出ると、心優しい助っ人だった。巨人で8年間、ブルペンを支えたスコット・マシソン投手は今、米国のフロリダで生活をしている。ファン思いの男は、思うように野球ができない日本の少年少女たちに、オンラインで寄り添った。画面越しで見せる優しい笑顔は、球場の外でファンと触れ合う時と同じだった。

自宅には「宝物」阿部慎之助のユニホームが飾ってある

 そんな一生懸命、全力を注ぐマシソンだが、ピッチングで力を抜くことを教わったのが、バッテリーを組んできた阿部慎之助(巨人2軍監督)だった。来日当初は闘志を全面に出し、100パーセントの力で投げ込んでいたが、力み、ボールは荒れ、感情のコントロールができなかった。登板前に阿部から「8割の力で」と数字の「8」を書いてもらうようになってから、肩の力が抜け始めた。その頃からマシソンは本領を発揮し始めた。お互いの引退会見で登場するなど、絆は深かった。

【画像】「また会いたい」「レジェンドたち」とファンも胸高鳴る マシソンが公開した巨人時代の懐かしき助っ人コンビ写真

 オンライン講義を受ける子供たちに紹介したお宝グッズの中に巨人のユニホームがあった。

「阿部慎之助さんからもらったユニホームなんだ。僕のことをすごく助けてくれた人のものだから、宝物です。彼に感謝してもしきれない。僕にとってとても特別な存在で、すごく尊敬していた。何度も食事に行ったし、良い会話をたくさんできた」

 他にも同じリリーバーとして一時代を築いた山口鉄也氏、外国人選手のケアを積極的に行っていた長野久義外野手(現広島)、フロリダに来て一緒にトレーニングした戸根千明投手らの名前を出し、チームメートたちの思い出を語った。今でも連絡を取っている選手も多く、一日でも早いプロ野球の開幕と巨人のリーグ連覇を願っている。

 今回、野球少年少女約200人を対象に行った講習会では、マシソンのキャリアから、日本時代の思い出、そして家でもできる練習方法など、技術的なアドバイスを送った。質問者の挙手が止まらず、終了予定時刻が迫っていたが、マシソンは「時間は気にしないでやろうよ」と子供たちとの時間を削ろうとはしなかった。講義終了後も画面越しに手を振って、子供たちの“退出”をほとんど見送った。

 8年間のプレーを終え、アメリカに戻ったが、今もなおマシソンの中には日本で過ごした時間が大切に心の中にしまってある。

(楢崎豊 / Yutaka Narasaki)

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