球界屈指の巧打者が「最初から諦めていた」 元巨人篠塚氏が顔も見たくない投手とは?

篠塚氏が諦めていた相手にやっていた対策「自分のフォームを崩さないようにする」

 中日には、「スピードガンの申し子」と呼ばれた快速球右腕、小松辰雄氏がいた。篠塚氏は「あれだけ速い投手が現れたのは久しぶりだった」と評するが、巨人には江川卓氏がいたため、「江川さんの球と比べちゃうと、他球団の投手のストレートはそれほど速いと感じなかった」と笑う。

 対応に苦慮したのは、大洋(現DeNA)の遠藤一彦氏のフォークボールだった。「遠藤さんのフォークは、速い上に落差がある。腕の振りもストレートと変わらず、見極めるのが難しかった」と言う。基本的な対策は「追い込まれてフォークを投げられる前に、ストレートを何とか打っちゃう」だったが、初球からフォークを投げてくることもあって頭を抱えた。

 やがて遠藤氏に対しては、フォークをすくい上げるのではなく、ボールの上部をこするようにして打つようになったという。「当時、後楽園球場や横浜スタジアムの人工芝は、現在のものより固くて、高いバウンドになれば内野安打を稼げたからね」。一流同士の駆け引きが交わされていた。

 当時、唯一巨人戦だけが毎試合テレビで全国中継されていたため、他球団はエース級を集中的に登板させてくる傾向が強かった。篠塚氏は「やりがいがありました」と振り返る。

 最後に、清川氏や梶間氏のような苦手中の苦手にはどう対処していたのか聞いてみると、こんな答えが返ってきた。「最初から諦めていました」。そして「対戦すると必ず自分のフォームを崩してしまうので、無理をせず、自分の形を崩さない中でちょこっと当てていこうという意識で打席に立っていました」と説明した。

 プロは負けたら終わりのトーナメントではなく、シーズンを通しての長丁場だ。苦手に対し自分のスタイルを崩して必死に対応しても、それ以後長いスランプに陥ってしまったら元も子もない。「無理をしない」ことが、篠塚氏がシーズントータルで高打率を残し続けた秘訣だったのかもしれない。

【動画】巨人屈指の巧打者・篠塚和典氏が攻略を「諦めていた相手」を告白 セ・リーグで顔も観たくなかったのは阪神投手?

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