きっかけはイチローのMLB移籍? ファンお馴染みの曲「野球場へゆこう」誕生秘話

現在はマリナーズ会長付き特別補佐兼インストラクターを務めるイチロー氏【写真:Getty Images】
現在はマリナーズ会長付き特別補佐兼インストラクターを務めるイチロー氏【写真:Getty Images】

NPBオフィシャルソング「Dream Park~野球場へゆこう~」

 2004年にNPBオフィシャルソングとして発表された「Dream Park~野球場へゆこう~」。プロ野球好きなら各球場、または野球中継などで「♪だからーぼーくたちみーんな」のメロディーを一度は耳にしたことがあるはず。その歌が2020年バージョンとして新しくカバーされ、昨年9月2日にリリースされた。

 長年愛され歌い継がれる、野球への愛がたっぷり詰まった名曲はどのように誕生したのだろうか。この曲を制作した株式会社グリオ社長・中村三郎さんと、2020年バージョンの歌唱を担当している「アンサンブル・コノハ」のメンバー・中村萌子さんに話を聞いた。

――「Dream Park~野球場へゆこう~」はどのような経緯で誕生したのでしょうか?

 三郎さん「2001年にイチロー選手がマリナーズへ行ったことで、MLBの情報が盛んに日本に入って来ました。グリオはそもそも音楽制作会社ですが、当時、テレビ局の依頼でプロ野球の開幕など音楽で演出するイベントの企画制作もしており、その時のテレビ局の担当プロデューサーが、『MLBでは、どこの球場でも7回になると『Take me out to the ball game』を歌っている。日本のプロ野球にも球団、球場関係なく野球が好きなみんなで歌う曲があればいいな』と話され、私も野球が好きなのでそのような曲を作りたいと思ったのが原点です」

――セブンス・イニング・ストレッチで歌われる「Take me out to the ball game(邦名:私を野球に連れてって)」は子どもも口ずさめるような簡単な歌詞とメロディーですね。耳に残ります。

 三郎さん「そうなんです。そんな『Take me out to the ball game』に負けない歌を作ろうと、“みんなの野球に対する想い”で“親しみやすいヒット曲”を作るプロジェクトを立ち上げ、野球が好きなヒットメーカーたちを集めて制作チームを結成しました。作曲は、当時グリオの代表作家で、渡辺真知子の『かもめが翔んだ日』や、少年隊の『仮面舞踏会』を作曲した船山基紀さんと古本鉄也さんが担当し、作詞をSMAPやKinki Kidsなどの数々のヒット作を手がけた森浩美さんにお願いしました。彼が書いた歌詞の『100マイル(160km)のストレート』はメジャーを意識したものです。メインの歌い手はシンガーソングライターの鈴木雄大さんにお願いし、船山さん、古本さん、私の子どもたちの合唱も加えました」

――曲を制作するにあたって、どのようなことを重視しましたか?

 三郎さん「当時、文部省(現・文部科学省)が親子の会話のキャッチボールを推奨していたことから、野球場で親子がひとつになることも意識しました。アーティストのための歌ではなく、野球のための歌を作るためにできる限り権利に関する縛りを取り除き、野球の普及のために活用できる権利環境を整えることが重要だと考えました。そのため、自分たちですべての制作費を負担し、作詞作曲を手がける。原盤権・出版権も自社で持ち、管理するなどを徹底しました」

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