開場から108年、カブス鈴木誠也の本拠地の物語 外野スタンド後方にある「客席」【マイ・メジャー・ノート】第6回

リグレー・フィールド左翼ポール後方に立つ屋上席を設けないビル【写真:木崎英夫】
リグレー・フィールド左翼ポール後方に立つ屋上席を設けないビル【写真:木崎英夫】

屋上に何もないレンガ造りの一棟が目を引く

 フィールドが見渡せる特等席を設けたビルは、左中間スタンド後方のウエストウェーブランド・アベニュー沿いと右中間スタンド後方のノースシェフィールド・アベニュー沿いとに分かれる。80年代に500万円に満たなかった一棟の資産価値を200倍近くにまで伸ばすビルもある。その背景には、カブスが単に人気球団というだけではなく、開場当時の姿を損なうことなく大改修し、球場周辺を高級ホテルやレストランなどの商業施設を備えたマンションにした再開発の成功がある。13年に阪神からカブスに移籍した藤川球児を取材していた当時は、住宅街にある球場というイメージが強かった。

 鈴木誠也が今季初の3安打を放ち初盗塁も決めた4月23日、リグレー・フィールドは開場からちょうど108年目を迎えた。2年前には国定歴史建造物に指定され、米国の文化遺産に仲間入りした球場の風景に確かな位置を占めるルーフトップのビルだが、左翼ポールの後方には、現実を拒絶するかのように建つ、屋上に何もない茶色いレンガ造りの一棟が目を引く。

 理由を知る近隣住民が教えてくれた。

「学校の校長先生をしていたお父さんからビルを譲り受けた子息たちが、遺言の『このビルはアパート経営のためだけに使いなさい』をかたくなに守り続けているのです」

 話を聞き終えた後、二つのことが浮かんできた。80年代の中頃、バブル景気に沸く東京。青山の骨董通りには地上げ屋に「絶対売らない!」の反旗を翻す古い一軒家があった。大きな板に書かれた気骨あふれるペンキ文字は忘れられない。

 そして、もう一つ。

 映画『私がウォシャウスキー』だ。キャスリン・ターナー扮する女性探偵が住むアパートはリグレー・フィールドのすぐ隣に建っていた。右翼ポール真後ろが彼女の部屋。窓から手に取るような近さでフィールドが見渡せるあのアパートは現存しているのだろうか……。

○著者プロフィール
1983年早大卒。1995年の野茂英雄の大リーグデビューから取材を続ける在米スポーツジャーナリスト。日刊スポーツや通信社の通信員を務め、2019年からFull-Countの現地記者として活動中。日本では電波媒体で11年間活動。その実績を生かし、2004年には年間最多安打記録を更新したイチローの偉業達成の瞬間を現地・シアトルからニッポン放送でライブ実況を果たす。元メジャーリーガーの大塚晶則氏の半生を描いた『約束のマウンド』(双葉社)では企画・構成を担当。シアトル在住。【マイ・メジャー・ノート】はファクトを曇りなく自由闊達につづる。観察と考察の断片が織りなす、木崎英夫の大リーグコラム。

(木崎英夫 / Hideo Kizaki)

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