巨人はなぜ大勢を1位で指名できたのか 元巨人左腕、苦労人だったスカウトの眼力

現役時代はヤクルト石川のような柔軟なイメージの投手だった

 岸スカウト自身は関西学院大を卒業後、独立リーグで2年間プレーした。勤勉で大学4年時には大手企業から内定を得ていたが、野球を続けたい思いが勝り、月給10万円も満たない生活を選んだ。怪我や体調不良で思うように野球ができなかったこともあり、不完全燃焼だったことも背景にはあった。

 独立2年目は愛媛マンダリンパイレーツでプレー。2011年ドラフトで巨人の育成2位で指名された。決して大きな体ではないが、緩急を自在に操る左腕。投球スタイルはヤクルト・石川雅規投手のイメージに近い。苦悩を乗り越え、努力を重ね、2012年7月に支配下登録された。

 2013年には初のキャンプ1軍スタートになったが、なかなかチャンスをつかめずに戦力外通告を受けた。だが、その間も苦しさを顔には出さず、明るく振る舞っていた。登板チャンスがなくても、走り込みなどのトレーニングを懸命に続けていた。練習から上がってくる時はいつも笑顔だった印象が強い。

 その頃の巨人は2012年から14年までリーグ3連覇。2012年は日本一になるなど戦力は充実していた。内海哲也、杉内俊哉、山口鉄也ら左腕が活躍していた時期で、1軍で勝っていくためにどうすればいいのか――。その選手個々の強さを肌で感じていた。一方で2007年から2009年の一時代前の3連覇を支えた小笠原道大ら一流選手たちが怪我に苦しむ姿も見てきた。そのベテランたちは毎日を必死に戦い、下を向くことなく、リハビリや練習に取り組んでいた。

 戦力外通告を受けたあとはロッテのテストを受けて合格。その後は打撃投手として裏方も経験。パ・リーグの強さ、魅力も見てきた。プレッシャーに勝つための精神力と、怪我の苦しみにかつタフさが巨人、いやプロでは必要だ。マウンドで豪速球を投げる姿よりも、怪我やリハビリを成長につなげ、真摯に向き合ってきた大勢の姿勢が岸スカウトにとって“決め手”になったのだ。

 大勢はドラフト直前のリーグ戦で復活。もうその時点で岸スカウトに迷いはなかった。ドラフト直前まで1位選手として名前が大きく挙がることはなかったが、発掘、指名、活躍までには、スカウトの半生があった。

 今年、巨人はプロ初勝利を挙げた投手が7名いる。大勢や2019年のドラフト1位・堀田賢慎、昨季ドラフト1位の平内龍太、最近では高卒4年目の直江大輔らがいる。それぞれが勝った時、スカウトの顔が思い浮かぶ。堀田は巨人やメッツでもプレーした左腕だった柏田貴史スカウト、平内は巧打が光った内野手、脇谷亮太スカウト、直江は新人王を獲得した投手だった木佐貫洋スカウト――。若い芽が出てきたとき、そこに水をあげて、成長を見届けてきたスカウトへも拍手を送りたい。

○著者プロフィール
楢崎 豊(ならさき・ゆたか)
1980年3月、東京都生まれ。東海大高輪台から東海大を経て、2002年報知新聞社入社。巨人、横浜の球団担当記者ほか、アマチュア野球、約3年間、ニューヨーク・ヤンキース中心のメジャーリーグを担当。雑誌「報知高校野球」や「月刊ジャイアンツ」の編集者を経て、2019年からFull-Countで執筆。現在は編集長。少年野球などの悩みを解決する野球育成サイト「First-Pitch」でもディレクションを行う。

(楢崎豊 / Yutaka Narasaki)

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