トレード告げられた席で“悔し涙” 「いらない選手ってこと」砂田毅樹が泣いたワケ

DeNAから中日に移籍した砂田毅樹【写真:町田利衣】
DeNAから中日に移籍した砂田毅樹【写真:町田利衣】

DeNAから移籍の砂田毅樹は担当スカウトに「育成で見つけてもらった」

「明日来てくれ」という前日の“呼び出し”で、トレードが決まったことには気付いていた。自分を求めてくれたチームで頑張ろうという前向きな気持ちだった。しかし……11月18日、砂田毅樹投手はDeNAの球団幹部から京田陽太内野手との交換トレードで中日移籍が決まったことを告げられると、話を聞きながら、涙が頬を伝った。

「申し訳ないなって。それが悔しかったんです」

 スーツ姿で涙したのは、担当スカウトだった河原隆一氏(現編成部スカウティングディレクター)への“謝罪”だった。「僕はドラフト1位とかじゃない。甲子園にも出ていないし有名選手ではなかったけれど、育成で見つけてもらった。プロ野球選手になれたのは河原さんのおかげです。でも最後までDeNAに必要とされる選手でいられなかった……。すぐに顔が頭に浮かんで」。恩人への思いを抑えることができなかった。

 秋田・明桜高時代の甲子園出場はない。高校3年の春の終わりには、プロ注目だった奥村(ドラフト4位で巨人入団)擁する日大山形などとの定期戦に10球団ほどのスカウトが集結した。DeNAも河原スカウトが当時の高田繁GM、吉田孝司スカウト部長を連れてやってきた。気合を入れてマウンドに上がったが「フルボッコされて、評価は駄々下がりですよ」。それでも注目し、追いかけ続けてくれたのが河原スカウトだった。

 実はこのとき、砂田は故障明けだった。定期戦の1か月前に利き腕の左手首に死球を受け、骨折こそしていなかったものの患部は腫れ上がってギプス生活となり、試合1週間前に投球練習を再開したばかり。試合感覚も遠のいている中だったが、スカウトにアピールすべく強行登板だった。

新天地での復活に燃える「新たな挑戦ができるという気持ち」

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