関西弁で「怒られているような感覚に」 都立高からドラ9入団の右腕が浴びた“洗礼”

プエルトリコでプレーした当時の鈴木優氏【写真:本人提供/撮影:龍フェルケル】
プエルトリコでプレーした当時の鈴木優氏【写真:本人提供/撮影:龍フェルケル】

鈴木優氏、プロ入り当時の苦労「先輩方の名前を覚えるのに…」

 かつて「都立の星」と呼ばれ、2014年のドラフト9位でオリックス入りした鈴木優氏は今オフ、現役引退を選んだ。すでに自身のYouTubeチャンネルを開設するなど、新たな道へ踏み出している。その前に、ここまでの野球人生を自分の言葉で記してくれた。今回のテーマは「オリックスで出会った親友と、プロ入り当時の思い出」だ。

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 2015年、オリックスに入団した当時の僕からしたら、同期で入団した同級生はみんなが格上の選手というイメージ。同じ投手だった佐野(皓大=ドラフト3位)は甲子園での活躍を知っていたし、特に負けないように頑張ろうと思っていた。

 そんな中で宗(佑磨=ドラフト2位)とは、初めて会った時からすごくフィーリングが合うように感じた。今も仲良く、一番の親友となった宗だが、最初から不思議と話が合った。野球を辞めても変わることはないと思うし、一生の仲だ。

 今、宗は2年連続でパ・リーグのベストナインとゴールデングラブ賞を取るなど、一流選手の仲間入りを果たしたわけだが、それでも変わりなく接してくれるので“人の良さ”をより感じる。

 入団当時“憧れの選手”は特にいなかった。みんながすごかったし、参考にする選手はたくさんいたが、憧れという意味で考えるとあまりいなかったかなと思う。

 高校時代は、全くと言っていいほどプロ野球にも他の高校野球の選手にも興味がなかった。相手チームにプロ注目の選手がいるとかであれば対戦にワクワクしたものだが、テレビなどで野球を見ることは特になかった。

 だからオリックスに入団した当初は、本当に先輩方の名前を覚えるのに苦労したものだった。

親友・宗佑磨との出会いも…寮生活は当初ストレスの連続

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