「一緒にやれる日を待つ」 ダルビッシュの“目配り”は世界へ…届けた「メッセージ」

侍ジャパン・厚澤和幸投手コーチ【写真:小林靖】
侍ジャパン・厚澤和幸投手コーチ【写真:小林靖】

変わらぬ部分…厚澤投手コーチが「いいメッセージを送ってくれた」

 日本ハム時代のダルビッシュは、準備段階のブルペンでは大荒れということが多かった。ところがこの日は「まとまっているし、強さもあった」。さらに「今日にかける思いというのがすごく伝わってきた」というほどの状態だったのだという。

 そして何より、厚澤コーチがブルペンのモニター越しに注目していたのは“顔”だ。「これまでとは全然顔が違った。あれだよね。昔と、何にも変わっていなかった。すごくいい入り方をして、他の投手陣にいいメッセージを送ってくれた」。戦う姿勢を、言葉なしでも伝えられる選手なのだ。

 日本ハムでのダルビッシュは、ポストシーズンの初戦など、大きなプレッシャーのかかる舞台で投げることが多かった。そこで技術的にも、精神的にも相手を圧倒する投球をして、後に続く投手に“道”を作るのが役割だった。今回は初戦でこそなかったが、グラウンドで戦う顔を見せることで、侍の投手陣に活力を与えた。

 厚澤コーチはさらに「宮崎からここまで、投手陣を作ってくれたというか、何から何まで先生としてね……。投手陣に対する貢献度が、計り知れない。気配りを相当しているからね。みんなには見えない、裏でも気をつかってくれている。本当に助かっています」。昔と変わらぬ部分が、顔で送るメッセージだとすれば、こちらは年齢を重ね、変わった部分だった。若いころからの変化は、ダルビッシュ本人が口にしている。

 ダルビッシュが日本代表で若手だった時代といえば、2007年冬に台湾で行われた北京五輪予選や翌夏の本戦、さらに優勝した2009年のWBCが挙がる。五輪予選の時は、行く前から「チームになじめるのか」と不安を口にしていた。言ってみれば、今回の宇田川のような立場だった。北京五輪では年下の田中将大投手(楽天)と一緒に、突然丸刈りにして周囲を驚かせもした。みんなに付いていく側だったのだ。

「自分のことだけをやっていた」から、他国の選手にまで目を向けるように

RECOMMEND

KEYWORD

CATEGORY