現役生活縮めた「どんちゃん騒ぎ」 “幻の200勝投手”への思い「悪いことしたなあ」|球界群像 川端順#12

広島で活躍した川端順氏(左)と川口和久氏【写真:本人提供】広島で活躍した川端順氏(左)と川口和久氏【写真:本人提供】

新人王・川端順氏を変えた球宴不選出「そこから落ちていったんだよね…」

 野球への情熱が薄らいでいった。元広島投手で、徳島・松茂町議の川端順氏は5年目の1988年以降、何かしら淡々とプレーしている感じだったという。この先、中継ぎ中心の便利屋稼業で生きていくしかないと悟ってから、迷路にはまったようだった。6年目の1989年には大きな支えだった父・治さんが亡くなった。さらに落ち込んだというが、当時のヘッドコーチ、大下剛史氏(現野球評論家)に救われたという。

 オール中継ぎながらイニング数もこなし、前半戦に6勝0敗1セーブをマークした4年目の1987年。後半戦のために体力温存を理由に球宴に選ばれなかった“衝撃”は尾を引いた。今では「なぜ、あそこまで気にしたのだろう」と思うことでも当時の川端氏にとっては、自身をコントロールできないほどのショッキングな出来事だった。

「成績も、そこから落ちていったんだよねぇ……」と川端氏は何とも言えない表情で振り返る。「あの頃は川口とか、白武とか、金石とかを誘って、よく飲みにいった。東京は六本木、名古屋は錦、大阪はミナミ。みんな歌が好きだったから、歌える店でどんちゃん騒ぎ。駄目だよね。睡眠不足になったし、体力も落ちていったし……。川口には悪いことしたなぁ、彼はまともにやっていたら200勝できたんじゃないかなぁ」。後悔しかない。反省しかない。

 広島が山本浩二監督、大下ヘッドコーチ体制になった6年目の1989年には父・治さんが他界した。シーズン中の7月だった。「大下さんが『帰って3日間休め、こっちのことはいいから、お前は今までリリーフで頑張ってきたんやから、チームのためにやってきたんやから』ってね。昔は普通、そんなことはなかったんですよ。そんなに帰してくれるなんてね。登録も外されなかった。すぐに1軍に帰してくれたというか、そのまま。全部大下さんがやってくれました。感謝しかありませんでしたね」。

支えだった父が死去…昭和の鬼軍曹の配慮「あんなに気持ちのある人いない」

 病気の父の夢をかなえるためにプロを目指した。治さんは川端氏にとって大きな、大きな存在だった。カープで苦しい立場にいると自分で思い込んで、気持ちが萎えていた時だけに、なおさらショックだった。それだけに大下氏の言葉がありがたかったし、胸に響いた。「親父が亡くなってから、16イニングくらい無失点だったと思います。なんか親父が乗り移ったのかなと思った。苦労かけたなぁってそんなことばかり思ってね」。

 大下氏は赤ヘルの鬼軍曹として知られるが、川端氏は「そりゃあ根に持っている人もいるかもしれない。でもね、あんなに人を思う気持ちのある人はいないですよ。今でも思い出す。野村謙二郎が入団してきて、エラーばっかりしている時に大下さんがピッチャー陣を集めて『すまんのう。あれだけエラーして。ピッチャー、大変やろ。(野村は)ワシの(駒大の)後輩なんや。ワシも認めてドラフトで獲ってくれって言った人間なんや。我慢してくれ』って言ったりね」。

 広島市民球場で大下ヘッドがグラウンドをならしている姿も印象的だという。「そこはね、前の日に誰かがエラーしたところなんですよ。大下さんは早くから球場に行って、グラウンド整備員を呼んで『この辺やったか』って聞いて自分でやっていたんです。ショートのあたり、セカンドのあたり、サードのあたりとか、エラーしたところを必ずね」。

 6年目の川端氏は30登板で3勝1敗。4試合に先発した。成績は決して満足いくものではなかったが、大下ヘッドのおかげで何とか踏ん張れたシーズンだった。

(山口真司 / Shinji Yamaguchi)

球界群像〜川端順編〜

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