「不細工やったけど強かった」 新井貴浩の“開花前夜”…巨人コーチの教えで変身

現役時代の新井貴浩氏【写真:荒川祐史】
現役時代の新井貴浩氏【写真:荒川祐史】

長内孝氏は1994年から2005年まで広島のコーチを務めた

 1994年シーズンから三村敏之氏が広島監督に就任した。前年の1993年に横浜で現役生活を終えた長内孝氏は、この年から古巣の広島で指導者として再スタートを切った。最初の仕事は2軍打撃コーチで「三村さんに『金本(知憲外野手)というのがおるから、こいつを何とかしてくれ』と言われた」。自身が若い頃、山本一義氏の下でやっていたように、春のキャンプでは徹底的に振り込ませたという。

 金本氏はまだプロ3年目の若手だった。「カネに素質があるのはわかった。『これまでにホームランは何本打った?』と聞いたら『4本』というから『お前だったら30本は打てるで』って言ったのを覚えている。すぐ1軍に上がっていったから、そんなに長く見ることはなかったけどね」。その年の金本氏は後半戦から頭角を現し、17本塁打を放った。くしくも完全に覚醒させたのは当時の広島1軍チーフ兼打撃コーチで、長内氏の恩師である山本一義氏だった。

「カネはレギュラーを取ってからも、自分でやる練習をすごくしていた。重いバット、長いバットを振ったりもしていた。左投手に対応する練習もいろいろ考えてやっていた。すごいと思ったね」。若い頃の長内氏は山本一義氏の指令をクリアするのに必死だったが、金本氏はさらに上をいった。「カネだけじゃなく前田(智徳)もそうだったけど、練習できる体力があるのが財産だよね。ずっと続けられる。それは技術よりも大切なことなんじゃないかと思った」と話した。

 長内氏は1994年から2005年まで広島でコーチを務めた。その間の1軍監督は三村氏、達川光男氏、山本浩二氏。自身のポジションも2軍打撃コーチから1軍打撃コーチに変わっていった。教え子も数多い。「広島コーチ時代の思い出といったら、2軍の時に選手と一緒になって汗を流したことかなぁ。例えば、普通の練習の時にバッティング投手とかをして試合があって、試合が終わっての特打でまた投げて、寮に帰って夜間練習でまた投げて……」。

元広島・長内孝氏【写真:山口真司】
元広島・長内孝氏【写真:山口真司】

巨人・宮田征典コーチに指導受け、スローイングを改善させた新井監督

 それは長内氏自身にとってもプラスになった。「その頃は寮に泊りというのもあった。1日、どれだけ投げるんだろうとは思ったけどね。振り返れば、東出とか福地とか朝山東洋とか、今、(広島で)コーチになっている連中が若い時に、必死にやったのが一番いい経験になったね」。

 現広島監督の新井貴浩氏も印象深い選手の1人だ。「新井はどんなことがあってもへこたれなかったね。ホンマ強かった。不細工やったけど強かった。センスは僕以上になかったよ。でも、いつの間にか名球会だもんね。考えられないよって思っている人はいっぱいいると思うよ」。そんな新井氏と一緒にキャンプ中に巨人のコーチの指導を受けたこともあったという。

「巨人の(投手コーチだった)宮田(征典)さんのところに、投げ方を教えてもらいに行った。新井は投げ方が駄目だ、駄目だって言われていたから。たまたまキャンプに共通の知り合いの人が来ていて、聞きに行こうってなったんだけど、あれでだいぶよくなったんじゃないかな。それまでは本当に汚い投げ方だったからね。まぁ、そんなこともあったねぇ」

 今はカープ指揮官として戦うかつての教え子。長内氏は応援しているし、成功を祈っているし、いい結果を楽しみにしている。

(山口真司 / Shinji Yamaguchi)

RECOMMEND

KEYWORD

CATEGORY