球団代表に相談も…返ってきた「バカヤロー」 引き際を模索した2度の“引退直訴”

巨人で活躍した緒方耕一氏【写真:矢口亨】
巨人で活躍した緒方耕一氏【写真:矢口亨】

元巨人・緒方耕一氏を盗塁王に導いた日本シリーズの“屈辱”

 現役時代に巨人でスピードスターとして鳴らした評論家の緒方耕一氏は1990年と1993年に盗塁王に輝いた。ジャイアンツのチーム名通り、巨大戦力が揃う名門球団で、身長175センチとプロの世界では小柄な体格でいかにしてチャンスをつかみ取ったのだろうか。

 緒方氏は「お風呂場で、藤田さんの横になる時もあったりしたんです」と、生きる道がより鮮明になった場面を回想する。高卒3年目の1989年5月にプロ初出場を果たした。この年から監督には現役時代にエースとして活躍した藤田元司氏が復帰。40歳近く年上の指揮官と1軍ホヤホヤの若者が、本拠地・東京ドームの大浴場で会話を交わした。

「緒方、なんでお前を1軍に呼んだのか、わかるか」。「いや、わからないです」。すると「俺はピッチャーで、お前みたいにチョロチョロする奴が大嫌いだったんだ。だから1軍に上げたんだ。チョロチョロしろ」と指令を受けた。前年はファームで盗塁王に輝いていた。初の1軍イヤーは76試合出場で13盗塁を記録してみせた。

 勢いに乗って迎えた直後の近鉄との日本シリーズ。藤田監督は緒方氏を第1戦から3試合連続で「1番・右翼」としてスタメンに抜てきした。ところが、10打数1安打と散々。巨人も3連敗といきなり崖っぷちに立たされた。緒方氏は第4戦から先発を外れ途中出場となったが、チームは息を吹き返して4連勝で日本一を奪還。緒方氏は最終第7戦は出番すらなかった。

「僕がスタメンを外れてから4連勝なんですよ。メチャクチャ悔しかった。とにかく日本シリーズでリベンジしたいとしか考えていなかった」

 日本シリーズの屈辱をバネにして1990年はプレーした。レギュラーを確保し、119試合に出場して規定打席に到達。33盗塁で野村謙二郎内野手(広島)と並び初めてタイトルを手にした。“青い稲妻”と称された巨人の盗塁王の先輩でもあった松本匡史コーチからは、アルマーニのストールを頂戴した。チームをリーグ連覇に導き、願っていた日本シリーズの舞台が待つ。22歳の未来は希望にあふれ、順風満帆のはずだった。

巨人で活躍した緒方耕一氏【写真:矢口亨】
巨人で活躍した緒方耕一氏【写真:矢口亨】

1990年の日本シリーズで悪夢…右足の怪我で以降は満身創痍

「そこから、また人生が変わっていくんですよ」

 西武球場での日本シリーズ第3戦。初回、先頭打者の緒方氏は渡辺智男投手の前に転がすセーフティバントを仕掛けた。俊足を飛ばし、一塁ベースに駆け込みセーフ。しかし、ここでアクシデントに見舞われた。緒方氏は右足首を触りながら転げ回っていた。

「一塁ベースで足をガンとやってしまった。あの瞬間は今でも覚えてます。ムチャクチャ痛かった」。病院に直行してそのまま入院。巨人は4連敗でシリーズに敗れた。

 怪我は選手生命に大きく影響を及ぼした。「僕は高校生の時、腰が悪くてコルセットをして野球をしていたことがあるんです。プロに入ってスイッチヒッターに取り組んでからバランスが良くなり、腰痛があまり出なくなった。でも右足の怪我でまた出だした。しまいには痛めた足の三角骨が遊離して……。足を引きずりながらやってたんですけど、もう手術しようと。今も傷があるんですけど」。

 以降は「選手はみんなそうでしょうけど、完ぺきな状態でプレーできたことはなかった。何かしら痛みに耐えてやってましたね」。不屈の闘志で1993年も24盗塁をマークし、石井琢朗内野手(横浜)と並び再びタイトルを手中にしたが、「あんまり覚えてないです」。

2度申し入れた現役引退「どうやって辞めたらいいのか、わからなくて」

 現役引退は1998年。持病の腰痛は針やマッサージなどあらゆる治療を施しても最後まで良くならなかった。「それまでは半年もっていたのが、年々短くなっていた。春先だけとか、キャンプだけとか」。1軍出場はゼロだった。

 緒方氏は、実はその1年前に引退を申し入れていた。「どうやって辞めたらいいのか、わからなくて」と最初に球団代表に電話。「いや待て。監督の長嶋(茂雄)さん、ミスターは知っているのか」と返され、「代表の方が先かと思いまして」。代表は「バカヤロー。現場の上司は長嶋さんだ。長嶋さんが先だよ」。その時は、代表から長嶋監督に連絡し「長嶋さんが駄目だって」と現役続行となった。

 1998年は直接、監督に電話をした。長嶋監督から「腰か」と理由を問われ、「腰です」と答えると「わかった」と了承された。

 当時まだ30歳の若さ。「あの怪我がなければ……とは思いますけどね」。緒方氏自身だけでなく、ファンも関係者もどれだけ成長していったのだろうと想像せずにはいられない。

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