社会人野球に進むつもりがプロ入り 「左で打て」名将が杉谷拳士に起こした“奇跡”

元日本ハム・杉谷拳士氏【写真:荒川祐史】
元日本ハム・杉谷拳士氏【写真:荒川祐史】

杉谷氏は帝京高から日本ハム入りも「TDKさんにお世話になるつもりでした」

 ドラフトで指名された、あの高揚感は今も忘れられない。元日本ハム内野手の杉谷拳士氏は2008年ドラフト6位でプロの門を叩き、昨季限りで現役引退するまで14年間プレー。通算777試合出場、288安打という実績以上に、球界屈指のムードメーカーとして長く愛された。当初は「高校からプロ野球でプレーできると思ってなかった」という。

 名門・帝京高で1年夏から正遊撃手となったが、決してプロ注目選手というわけではなかった。甲子園に春夏合わせて3度出場したものの、最後の夏は関東一高に敗れて4回戦敗退。プロへの憧れはあったが、社会人野球へ進むつもりだった。

「結構、早い段階でTDKに決まっていました。元々、大学進学という選択肢はなくて、すぐにプロで勝負したいと思っていましたが、僕の中ではTDKにお世話になるつもりでした」

 身長173センチ。高校通算25本塁打と秘めたパンチ力はあったが、“これ”といったセールスポイントはなかった。3年夏の予選を控えた6月。強豪の桐光学園、近田玲央投手を要する報徳学園との練習試合が組まれていた。帝京・高島祥平と近田のドラフト上位候補同士の投げ合いでは、プロのスカウトがたくさん来ることは分かっていた。ここで、前田三夫監督からまさかの指令があったという。

「『おい、今日はスカウトが来ているから左で打て』と。体が小さかったし、右投げ右打ちではプロに行けないだろうということで。僕自身も、なんとか可能性を上げたかったです」

 2019年に史上19人目の左右両打席本塁打を放ったが、当時、左打席では練習でスイングする程度。当然、打つ自信なんてなかった。

「練習はしていましたが、スカウトの方が集まった実戦で打ったことはありませんでした。桐光学園戦で左打席でサイクルヒットを打ったんです。6打数5安打6打点。次の試合では近田投手から右打席でバックスクリーンへ本塁打。そこで目に留まった感じはありました」

 テレビ番組の人気コーナー「リアル野球BAN」で山田哲人ら後輩から「左で打てや」とイジられる杉谷氏の左打ち。最後の夏を控えた中で起こした“奇跡”が、プロの扉をこじ開けるきっかけとなった。

(小谷真弥 / Masaya Kotani)

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