「獲得するつもりはなかった」 プロ初日にバッサリ…現役14年間を支えた“冷酷”な言葉

元日本ハム・杉谷拳士氏【写真:荒川祐史】
元日本ハム・杉谷拳士氏【写真:荒川祐史】

大渕スカウトディレクターから「獲得するつもりはなかった」

 元日本ハム内野手の杉谷拳士氏は、2008年のドラフト会議で“意中”のファイターズへ入団した。ただ、全てが順風満帆に進んだわけではない。2008年12月10日に札幌市内で行われた入団会見。晴れの舞台の控え室で、当時スカウトディレクターだった大渕隆氏(現GM補佐兼スカウト部長)から厳しい言葉をかけられた。

「本当は獲得するつもりはなかったからね」

 大渕氏の言葉にも理由がある。日本ハムではBOS(ベースボール・オペレーション・システム)を導入。自軍の選手だけでなく、他球団の選手やアマチュア選手を独自システムで数値化している。

 アマチュア選手は日本ハムの試合に出られるレベルに達しているとなれば指名となるが、当時の杉谷氏は“プロレベル”に達していなかった。ただ、この厳しい言葉が闘争心に火をつけた。

「絶対に見返してやろうと。その一心でした」

「あの言葉があったから今がある」

 身長173センチ。高卒での入団となったが、大きな伸び代を期待されていたわけではない。だが、元気とガッツがある。「気持ち、メンタル、考え方はスバ抜けている。ここまで意識の高い選手がどこまでいけるか冒険してみたかった」。プロ生活が軌道に乗り始めた頃、杉谷氏は球団の狙いを初めて知ったという。

「スカウトの評価が低いのは知っていました。最後は吉村浩さん(現チーム統轄本部長)の一声だったみたいです。新聞記者の方が『杉谷選手を獲得した理由はなんですか?』と質問した時に、吉村さんは『だって面白いじゃん』と答えたそうです」

「1年目から死に物狂いで練習をしました。いつか見とけよと。大渕さんも僕の性格を知っていた上で言ってくれたんだと思いますし、あの言葉があったから今があるのかもしれません」

 現役時代は、どこでも守れるユーティリティ選手として現場から重宝された。絶対的なレギュラーになることはできなかったが、チームには欠かせない存在だった。「エースでも4番でもなかった」という男が、全てを糧にプロ14年間の現役生活を走り抜けた。

(小谷真弥 / Masaya Kotani)

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