助手席で知った戦力外…運転する妻に「ごめん」 肩バシバシ叩かれ“救われた一言”

今季までDeNAでプレーした笠原祥太郎【写真:小西亮】
今季までDeNAでプレーした笠原祥太郎【写真:小西亮】

現役ドラフトで中日から今季DeNAに移籍した笠原祥太郎

 回転寿司チェーンで食事を済ませ、帰宅する道中だった。ファミリーカーの助手席で、スマホが鳴る。プロ7年目を終えたばかりの笠原祥太郎投手は、普段見慣れない番号にすぐ勘づいた。「きた」。予想通り、相手はDeNAの球団関係者。電話に応対しながら、隣でハンドルを握る愛妻を見た。

 2023年は、ルーキーのような心持ちで迎えたシーズンだった。昨オフに初めて実施された現役ドラフトで、中日から移籍。自他ともに認める人見知りで不安は少なくなかったが、「いろんな人に話しかけてもらって、チームもいい雰囲気でやりかすかったですね」。意外にも、溶け込むまで時間はかからなかった。

 開幕ローテ入りを果たしたものの、移籍後初登板・初先発となった4月2日の阪神戦(京セラドーム大阪)では3回6安打3失点で黒星。1週間後の9日にもう一度チャンスをもらえるはずだったが、7日の試合が雨天中止となった影響でほかの投手がスライドし、自身は2軍降格となった。

 再び1軍のチャンスが巡ってきたのは3か月後。7月11日の阪神戦(倉敷)に先発したが、またも3回3失点(自責点0)で2敗目を喫し、翌日に出場選手登録を抹消された。夏場以降は脇腹の故障でマウンドから遠ざかる時期もあり、復帰後は中継ぎ登板が増加。起用法を考えると、嫌な予感はずっと頭の片隅にあった。

 10月2日。思わぬタイミングでの着電だった。翌日にDeNAの2軍施設に来てほしいと伝えられ、戦力外通告が待っていることを悟った。話を聞きながら、隣の妻・菜々美さんに対して片手で「ごめん、ごめん」の仕草をつくる。気持ちの整理をする間もなく、業務連絡の電話はすぐに終わった。

「ショックはありました。でも、それは一瞬でしたかね。不思議と、荷が下りたというか、楽になった気持ちもありました」

DeNA時代の笠原祥太郎【写真:荒川祐史】
DeNA時代の笠原祥太郎【写真:荒川祐史】

2018年に結婚、懸命に戦う夫を見てきたからこそ出た「おめでとー!」

 不意打ちの知らせに、驚いたのは菜々美さんも一緒だった。「もーびっくりしちゃって、祥ちゃんの肩をバシバシ叩いて『お疲れー!』『おめでとー!』とか言っちゃっていました」。家族の岐路を迎えた車内は、思わぬ明るさに包まれた。

 妻には、少しだけ悔いが残る。

「いつかそういう日が来たら、ちゃんと『今までお疲れさまでした』って気持ちを丁寧に伝えて、ゆっくり労おうと思っていたんです。まさか、あんなタイミングで知るとは思っていなくて……」

 ただ、「おめでとう」のひと言は、無意識だからこそ出た心の奥の本音でもあった。高校の同級生で、2018年に結婚。いまだに地元・新潟の方言が抜けない素朴で優しい夫は、厳しいプロ野球の世界で懸命にもがいてきた。こっぴどく打ち込まれても、怪我で投げられなくても、家で一度も荒れたことはない。むしろ胸の内に様々な気持ちをため込む姿に、支える身として「なんて声を掛ければいいんだろう」と迷うこともあった。

 1年でも長くプロ野球選手でいてほしい思いはもちろんあるが、NPBで戦い続けた7年間は誇らしい。戦力外はクビではなく、ひとつの節目。いや、新たな門出には、祝福の言葉がふさわしい。そんな妻の気遣いは、笠原の気持ちを楽にした。

11月15日のトライアウト参加へ…迫る第2の人生の決断

 通告から1か月あまり。4歳と1歳の愛娘が可愛い盛りの4人家族は、目の前に決断が迫っている。現役続行の機会を求め、一家の大黒柱は11月15日に行われる12球団合同トライアウトに向かう。

「練習でいい感覚を掴んだ日に、ちょうど球団から呼び出しの電話があって戦力外になっちゃって……。ファームでの最終登板も点を取られて終わっているんで、自分の中でモヤモヤした気持ちを晴らしたいというのもあるんです」

 たとえNPB球団は無理だったとしても、マウンドに立てる環境を模索する。「トライアウトから1週間くらいで、この先どうするか決められたら」。どんな答えになったとしても、隣にはどっしり構えた快活な妻がいる。ほっこり温かい一家は、笑い合いながら第2の人生を歩いていく。

【写真】「守るべき人ができた」2018年に結婚した笠原祥太郎の報告

RECOMMEND

KEYWORD

CATEGORY