「あいつがナンバーワン」 甲子園8度、好投手続出の強豪…名将が育て上げた“最高傑作”
春日部共栄・本多利治監督【写真:河野正】同県の強豪監督たちも目標とする埼玉・春日部共栄高校の本多利治監督
埼玉・春日部共栄高校野球部は、発足から今年で44年目を迎えた。本多利治の卓越した指導が結実し、甲子園には春夏通算8度出場。ともに好敵手の浦和学院・森士、花咲徳栄・岩井隆ら大勢の指導者が目標にしてきた66歳の手法と哲学とは――。(文中敬称略)
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これまでプロ球界に送り込んだ13人のうち、大半の8人が投手だ。先のドラフト会議で4位指名された村田賢一(明大)がソフトバンク入りすれば、9人になる。野手出身の本多だが、「ピッチャーを育てるのは好きですよ。なにせ、いいピッチャーがいないことには勝負にならないからね」と、チームづくりの基盤を投手陣の整備に置く。
埼玉に来た頃は大ざっぱ…「あれじゃ甲子園では通用しない」
春日部共栄は、ち密でスキがない。愛媛とともに野球どころ四国を代表する高知でもまれ、高知高で選抜大会を制覇した本多は、埼玉にやって来た頃、四国との違いを感じた。
「昔の県営(大宮)球場が狭かったせいで、大ざっぱな野球をしていた。力のある選手が振れば(本塁打になって)勝てる風潮があった。あれじゃ甲子園では通用しない。細かさが足りず、ボール回しを見てもいい加減だと思った。うちのは機敏にバンバンやるから、真似した学校がたくさんありましたよ」
就任当初は熊谷商や上尾、川口工、所沢商といった公立勢が盟主の座を争っていた時代。それが1985年に立教、1986年に浦和学院が夏の甲子園に初登場すると、私学が勢力を拡大し寡占状態を形成していった。
現在は1年契約で監督業に専念…私学の“風潮”にはお構いなし
66歳の本多は今、授業は持たずに1年契約で監督業に専念する。今年で就任44年目。「72歳で50周年になるから、できることならそこまでやりたい。いろんな目標を持ってここまできたけど、まだたどり着いていないのが、甲子園10回出場と東大生の誕生なんだ」。
有力私学は全国から人材を集めて強化するが、本多はそんな風潮にお構いなく、野球と学業両立の哲学を貫く。「でも甲子園で勝ちたい欲は変わらないね」。勝負師の顔に戻った。
○河野正(かわの・ただし)1960年生まれ、埼玉県出身。埼玉新聞運動部でサッカーや野球をはじめ、多くの競技を取材。運動部長、編集委員を務め、2007年からフリーランスとなり、Jリーグ浦和などサッカーを中心に活動中。新聞社時代は高校野球に長く関わり、『埼玉県高校野球史』編集にも携わった。
(河野正 / Tadashi Kawano)
