指揮官激怒で干され…念願の降格も「誰も来ない」 忘れもしない指に塗った瞬間接着剤

中日で活躍した今中慎二氏【写真:山口真司】
中日で活躍した今中慎二氏【写真:山口真司】

今中慎二氏が1年目に経験した試練…登板せずに1軍帯同

 激怒されての1勝目だった。大阪桐蔭からドラフト1位で中日入りした今中慎二投手(現野球評論家)は、1年目の1989年9月17日の広島戦(ナゴヤ球場)でプロ初勝利をマークした。赤ヘルエースの北別府学投手と投げ合って5回1失点でつかんだが、その舞台裏は大変なものだった。試合途中からマメがつぶれて、痛みとも闘いながらの必死のピッチング。勝ったにもかかわらず、待っていたのは星野仙一監督のカミナリだった。

 ルーキーイヤーの今中氏は2月のキャンプでは2軍で10メートル限定キャッチボールと走り込みだけに取り組み、3月に入ってから徐々に投げ始めた。2軍戦でも打ち込まれることが多かったが、5月下旬にびっくりの1軍昇格。5月26日の巨人戦(ナゴヤ球場)に3番手でプロ初登板し、2回1失点だったが巨人の4番・原辰徳に一発を浴び、クロマティの高速打球に度肝を抜かれ、プロの凄さを思い知った。

 試練はさらに続いた。5月30日の広島戦(広島)にプロ初先発。初回に主砲・落合博満が先制2ランを放ったが、今中氏はそのリードを守れなかった。3回に1点を失い、4回には広島・達川光男に逆転2ランを浴びた。4回3失点でプロ初黒星となった。その後リリーフ登板を経て、次に先発のチャンスを与えられたのは6月18日の巨人戦(東京ドーム)。「俺的にはもうそこでおだぶつでしたね」と苦笑しながら振り返った。

「その試合当日、キャッチボールが終わった後に(池田英俊)ピッチングコーチが来て『お前、東京ドームで投げたことあるか』って聞くから『いや投げたことないです』と答えたら『じゃあ今日先発だ』。わけわからなかったけど、それで投げて、打たれて……」。4回1/3、被安打11の7失点で2敗目を喫した。初回と3回に1点ずつ失い、5回にはクロマティに3ランを打たれた。

「途中からほったからしだった。打たれても、打たれてもピッチングコーチは出てこない。ベンチを見たら監督が怒っているし……」。7点目を取られて、ようやく池田コーチがマウンドに来てくれたが、それは交代の時だった。「ベンチに戻ったらみんなシーンとしていた」。そこからは「干された」という。「1軍にいるのに毎日ベンチにも入らない“上がり”だった。それが6月いっぱい。2週間くらい放置されました」。

 6月24日からは札幌円山球場でヤクルトと2連戦が行われたが、その遠征中、あるコーチに「お前、なんで上がりか知っているか」と聞かれ「いいえ」と答えたら「使えないからだよ」と言われたという。「何か意図はあったんでしょうけど、使えないなら2軍に行かせてほしいと思ったし、周りにも早く2軍に行きたいって言っていたような気がする」。ブルペン投球が終わったら怒られ、ランニングをしても怒られたという。つらい“1軍修業”の日々だった。

マメを潰しながら瞬間接着剤で処置…痛みに耐えて初勝利

 6月30日の大洋戦(横浜)を終えて2軍行きを告げられた。「やっと解放された。2軍の試合が確か前橋であって、上野駅で合流するように言われた。だけどね、待っていても誰も来なくて大丈夫かなって今度は不安になって……。俺が車両を間違えていたんですけどね。2軍のメンバーを見た時はめちゃくちゃホッとした。覚えているなぁ、それは……」。その時のことが印象に残るほど待望の2軍降格だったということだろう。とはいえ、その経験も経て今中氏は成長していった。

 1軍に復帰したのは終盤だった。9月11日のヤクルト戦(ナゴヤ球場)に先発した。3回まで6-0と大量リードの試合だったが、4回に2点を失った。その裏に打線が1点追加してくれたが、5回には4失点。4回1/3でマウンドを降りた。でも、次もチャンスがあった。9月17日の広島戦に先発。中5日でナゴヤ球場のマウンドに上がった。初回に先制を許したが、落合が北別府から3ランを放って、逆転してくれた。

 今中氏は5回まで投げて勝利投手になったが、その日はそれが限界だった。「2回までにマメをつぶしてしまった。アロンアルファをつけて投げたけど、もう痛くて……。イニング間にまたアロンアルファをつけてもすぐはがれちゃうんですよ。出血して。5回はもう痛くて、痛くて真っ直ぐが投げられなかった。カーブを多投して何とか投げ切ったけど、トレーナーが『もう言おうか、監督に』って言うし、確かに痛いし。で、言ったら監督に激怒された」。

 試合は中日打線が5回に1点を追加し、今中氏の後を受けた鹿島忠と郭源治が無失点リレー。4-1で勝利して今中氏は記念すべきプロ初白星を手に入れた。しかし、星野監督は怒っていた。「なんでこんな時期にマメができているんだ、この野郎! 何やっていたんだキャンプは」と特大のカミナリを落とされたという。

「キャンプは何もしてなかったんですって言いたかったですけどね。ほぼほぼランニングしかしていないし、投げ込みもしていないからマメもできるよねって、自分では思っていたんですけどね。それは言えないですから。怒られて大変な初勝利でしたよ」。プロ1年目からいろんなことに遭遇した。振り返れば、もちろん、それらも財産。今中氏は初勝利を、激しい痛みと星野カミナリとの1セットで一生忘れることはない。

(山口真司 / Shinji Yamaguchi)

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