息子生まれ1か月、突然の阪神戦力外 パドレスから誘いも断念…選んだ第2の人生

元阪神・田上健一氏【写真:上野明洸】
元阪神・田上健一氏【写真:上野明洸】

2010年から6年間阪神でプレーした田上健一氏、当時28歳で岐路に

 2023年シーズンもオフに入り、戦力外通告を受けた選手たちは新天地でプレーを続けるか、引退するか、選択を迫られる時期となった。元阪神の田上健一氏は、2015年オフに戦力外となり、現役引退を決断した。代走として出場機会を増やし、手応えを掴んでいた矢先の通告には「正直ビックリしたのが一番ですね」。驚きを隠せなかった。

 田上氏は2009年の育成ドラフト会議で、阪神に2位指名された。翌年の春季キャンプでアピールすると、開幕前の3月29日に球団史上最速で支配下登録。当時は赤星憲広外野手が引退した翌年で、俊足の田上氏は“赤星2世”との期待もあった。その後は代走を中心に、出場機会を得ていった。

 6年目となった2015年、公式戦を終えて10月にはフェニックス・リーグに参加。終了後の10月19日に、球団事務所に呼び出しがかかった。「トレード期間でもあったので、トレードなのかなと思っていました」。しかし、告げられたのは戦力外だった。

 2014年には自己最多の51試合に出場。日本シリーズにも代走で出場するなど、和田豊監督からは代走としての信頼も得ていた。2015年は開幕1軍スタートとなったが、序盤に右ふくらはぎに死球を受けてしまい、筋断裂で戦線を離脱。それでも9月には1軍に再昇格し、来季に向け脚の状態は万全だった。

 最後の1年は、自分ではどうすることもできない死球での離脱だっただけに、受け入れるのが難しかった。「これで戦力外って言われるのか……というちょっと残念な感じでした」。当時は、第1子が誕生してわずか1か月。家族を養うためにも、NPBへ戻ることを目指し、トライアウトを受験した。

パドレスからオファーも「足の速い選手が欲しい」

 復帰はNPB1本に絞った。「プレーしたいからって、独立に行ったりとかは、考えていなかったです。独り身ならやってたかもしれないですけど、子どもも生まれて家族があるというのも考えて、というのはありましたね」。

 結局、NPB球団からの連絡はなかったが、意外な所からの電話もあった。現在はダルビッシュ有投手らが所属するパドレスから、マイナー契約のオファーがあったのだ。駐日スカウトいわく「足の速い選手が欲しい」とのことだったという。

「めちゃくちゃ迷いました。ただ、通訳とか使わず、家族を置いて1人でアメリカに行って、現実的にメジャーの枠に入れるかと考えて。かなり過酷なのは分かっていましたし、もちろん挑戦したいという気持ちはあったんですけど……」。悩んだ末に選んだのは、現実的な生き方だった。

 その後は、オリックスのスコアラーを2年間務めた。現役時代、ベンチで相手を分析するメモを書いていた様子が球団関係者の目に留まっており、声がかかったのだった。

 現役引退時には指導者としてのキャリアも考えており、引退を機に通信制の大学にも入学した。任期を終えてオリックスにコーチ就任の打診もあったが、「今の知識で指導者になっちゃいけない」と断りを入れた。その後はデータ分析会社でアナリストを務め、現在はフリーランスとしてYouTubeチャンネル「田上健一TV」を運営するほか、野球のコーチングなど、マルチに活躍している。

 2022年には6年かけて教員免許を取得。今後は学生やプロへの指導も視野に入れている。「今は指導者としての自信は持っていますし、アナリスト、スコアラーとしての視点もあるのが強みだと思っています」。得てきた多彩な経験をこれからの人材に生かしていく。

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