外出禁止令に抵抗…トイレで言わせた「活躍したら免除」 門限破りが生んだ平成唯一の快挙

完全試合を達成した巨人・槙原寛己【写真:共同通信社】
完全試合を達成した巨人・槙原寛己【写真:共同通信社】

ボーナスの札束入り封筒が“立った”斎藤雅樹氏

 巨人で1989年から90年代にかけて長らく盤石を誇った先発“3本柱”。通算180勝の斎藤雅樹氏、同173勝の桑田真澄氏(現巨人2軍監督)、同159勝の槙原寛己氏のことである。当時の同僚で俊足・好打のスイッチヒッターとして活躍し、盗塁王に2度輝いた野球評論家・緒方耕一氏が、3人の素顔を明かす。

 3本柱の中でも抜群の成績を残したのが、斎藤氏だ。最多勝5度、最優秀防御率3度、最多奪三振1度。投手にとって最高の栄誉とされる沢村賞にも3度輝いている。とりわけ、1989年に記録した11試合連続完投勝利は空前絶後の金字塔で、緒方氏は「斎藤さんが先発する試合で、一番喜んでいたのは中継ぎ陣でしょう。今後も破られない記録だと思います」と称える。

「現役時代の斎藤さんは、いつもニコニコされていて威張らない。特別扱いはしないでくれ、という感じでした。人知れず陰で努力されていたのかもしれませんが、僕らから見た限りでは、食事も練習もみんなと同じメニューで、何にもこだわらない。“あるがままの人”というイメージです」と評する。それでいて異次元の成績を残した。

 右のサイドスローからの球威抜群の速球が軸だったが、緒方氏は「僕が当時ブルペン捕手に聞いたところでは、『斎藤の調子がいい時は、純粋なストレートがほぼ無い。右打者の外角はナチュラルにスライダー、内角に投げた時はシュートする』とのことでした。つまり、捕手が構えた所より厳しく行くことはあっても、真ん中寄りに甘く入ることはない。“良いコントロールミス”だったのです」と説明する。

 当時巨人では、ペナントレースの展開や選手個々の貢献度に応じて、年俸とは別にボーナスが支給されることがあったという。チームが10勝するごとにまとめて、現金入りの封筒が選手1人1人に手渡されたが、いつも貢献度抜群の斎藤氏の封筒は際立ってぶ厚かった。緒方氏は「周りから『斎藤の封筒は立つのではないか?』と言われて、机の上に立ててみたら、本当に立ったことがありました」と証言する。

巨人で活躍した緒方耕一氏【写真:矢口亨】
巨人で活躍した緒方耕一氏【写真:矢口亨】

対戦して初めてわかった“桑田真澄氏が打たれない理由”

 桑田氏は安定感が抜群で、2桁勝利を6年連続を含めて10度マーク。斎藤氏の9度を上回った。身長は174センチで投手としては小柄。投球フォームも一見オーソドックスで癖がなく、打者にとってタイミングを取りやすそうに見えた。

 緒方氏も「特別に球が速いわけではなく、球種が多いわけでもない。それでも勝てる。後ろを守っている時には、『何がすごいのだろう?』と不思議に思っていました」という。

 その疑問は、春季キャンプでの紅白戦で打席に入り対戦した時に解けた。「非常にきれいな回転で“ホップ成分”の多いストレートでした。『低い』と感じて見送ったボールを、捕手は真ん中付近で捕っていました。だから見逃がしストライクや空振りを取れるのかと、合点がいきました」とうなずく。

 大きく縦に割れるカーブも、対戦してみると「背中からポンとボールが飛び出してくる感じで、リリースポイントが見えなかった。関節が柔らかく、肘の使い方が人一倍上手いからこそできた投げ方だと思います」と指摘する。

球団マネジャーと押し問答の槙原寛己氏…翌日に大快挙達成

 槙原氏といえば、1994年5月18日に福岡ドーム(現PayPayドーム)で行われた広島戦で完全試合を達成。平成ではただ1人の快挙である。ただ、この試合をめぐっては有名なエピソードがある。2日前の夜に遠征先のホテルを抜け出し、午前0時の門限を破っていたことがばれた槙原氏は、球団から罰金と1か月間の外出禁止を言い渡されたが、抵抗の末「次の登板で活躍したら免除する」との言質を取った。これが大記録達成の原動力になったというものだ。

 実は緒方氏は、槙原氏がペナルティを言い渡される瞬間を目撃していた。「完全試合の前日、試合前の練習中に球場のトイレに行ったら、マキさん(槙原氏)とマネジャーが強い口調で話し合っていました」と振り返る。

「なぜですか。どうして“外禁”なんですか」「チームのルールだから、しょうがないだろ」というやり取りの末、マネジャーが「次の試合で結果を出したら考えるよ」と折れた。「僕がマキさんに『どうしたのですか?』と聞いたら、『抜け出したのがばれてさ……』と言っていましたよ。よほど“外禁”が嫌だったのでしょうね」と笑う。

 緒方氏は快挙達成の試合に「1番・二塁」でフル出場。4つのゴロと1つの飛球をさばいた。「5回頃、いつもは相手投手の調子を聞いてくる広報担当者が、あの日に限って味方のマキさんの調子を聞いてきたので、不思議に思った記憶があります」。完全試合はエラーも許されないため、味方の野手陣にかかる重圧が大きいが、一方で「ヒット性の当たりが来た時、いかにエラーに見せてノーヒットノーランの可能性を残すかを考えていました」という。「すごい試合に立ち合えて光栄です」と頭を下げる。

 球界を代表する投手が3人そろったレアな時代。持ち味、キャラクターも1人1人異なり、それぞれが魅力的だった。

(宮脇広久 / Hirohisa Miyawaki)

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